為末さんの会社では、創業を支援する事業も行っているということですが、現在いくつのプロジェクトが進行していますか? また出資を決める際は、どんな基準を設けているのでしょうか?
為末:スタートアップ支援に関しては、この6年ほど行っていますが、現在10個ほどのプロジェクトが進行しています。毎年、新しいプロジェクトが2〜3個ずつ増えていますので、オフィスの中はすごく活気にあふれています。僕自身も駆け出しですが、周りにも駆け出しの仲間がいて、ワイワイやっているという感じですね。
出資について、僕自身が設けている基準は至ってシンプルです。将来的に、人間は身体を使ってもっと遊ぶようになるだろうと予測を立てていますので、そちらの方向にフィットするプロジェクト、もしくは加速させるプロジェクトに出資するようにしています。基本的には「運動して余暇を過ごす人が増えればハッピー!」と感じられるような仕事を、僕も仲間たちも応援していきたいと考えています。
オフィスに人が増えると、それぞれの思いをすり合わせていく作業が大変ですよね。人材育成の部分で苦労することはありませんか?
為末:まさに「思いのミスマッチ」で苦労しました。大きな会社は「社員を教育する」という仕組みで動いていきますが、創業の場合は「仲間を集めていく」という感覚の方が近いと思います。金銭的リターンを提示する大企業と違い、僕らのような小規模の会社は人を集めるにしても「どれだけ夢と価値観を共有できるか」が重要なのです。ここでもし、社員に迎合するような夢や価値観を打ち出すと、ミスマッチが起き結局うまくいきません。つい社員を喜ばせるようなビジョンを立ててしまい、いつのまにか創業者の思いと違う方向に押し流されてしまうことは、意外と起こりやすいと思います。
そこで僕の場合は、代表者でありコンセプターでもある自分が「これがやりたいんだ!」という思いを明確にし、それに賛同してくれる仲間を募るようにしたところ、当初に比べてだいぶミスマッチが解消されました。また思いやコンセプトを発信する際は、その思いを受けて社員が具体的なアクションを起こしやすいように、僕と社員の間で思いを分かりやすく翻訳してくれるパイプ役を置くようにしています。そうすることで、随分と思いのすり合わせができるようになってきました。
創業の場合、トップの強い思いが原動力である反面、それを支えていく社員の中には「やらされている感」が芽生えることもあると思います。その辺りは、どのように考えていますか?
為末:社員にイキイキと働いてもらうためには、やらされるのではなく、自由であることがとても大切だと考えています。ですが組織である以上、完全な自由にできないのも事実です。みこしを担ぐにしても、全員が力任せで自由に動くとうまく方向が決まらず、勢い余って壁に激突してしまうかもしれないですよね。そのため、自由と守ることのバランスを取れるように、当社では10の行動規範のようなものを設けて、その一番上に「自由と責任」に関する項目を据えています。僕がチーム競技を経験していたら、もっとうまくできるのかもしれませんが、社内のチームワークに関しては、経営者として日々頭を悩ませているところですね。
今後のビジネスに関してですが、新しいビジネスモデルを開拓するのに、何かコツのようなものがありますか? 新規ビジネスモデルへの考えについて教えてください。
為末:当社では、選手のセカンドキャリアを支援していると話しましたが、例えば、当社を通して彼らに仕事の話が来たとき、手数料を取りません。そこには僕たちなりの計算があって、「ハブになることが強みになる」という仮説を立てているのです。人が集まるところに情報が集まるのは当然ですが、それは人を巻き込み、ムーブメントを起こしていく上で欠かせないポイントなのです。
例えば広島でも、人が集まる「本通り商店街」の周りに情報が集まり、常にトレンドが発信されています。当社がそのような存在になれば、自然と新規ビジネスのヒントが集まってくると見込んでいるのです。いろいろな人や企業にとっての「つなぎ目」になることで、新規ビジネスモデルが生まれる土壌を育んでいきたいと考えています。
ユニークで素晴らしい発想ですね。最後になりますが、為末さんが広島でビジネスを起こすとしたら、どのようなものが面白いと思いますか? 参考までにお聞かせください。
為末:取り掛かるなら腰を据えてやる必要があるので、なかなか手が出せないのですが、医療関連は大きな可能性を秘めていると思っています。詳しい背景は分かりませんが、全国的に見ても広島県は病院の数が多く、高い医療サービスが提供できている地域だと思います。
例えば、広島大学の越智学長は膝治療の権威としてスポーツ界でとても有名な方です。一方で、トップアスリートと呼ばれる人たちは、怪我をすると世界中を見渡してどこへ行って治療すべきかを判断しています。もしも、この広島でそうしたアスリートたちをワンストップで受け入れ、越智先生のようなスポーツ分野で功績のあるドクターと連携しながら、治療・リハビリから合宿所の手配まで全てをサポートし、競技場へ戻してあげられたら面白いと考えています。実現には、かなりの労力と資金が必要ですが、大変意味のある取り組みですし、一つのビジネスモデルが生まれるのではないかと思います。
あとは、やはりインバウンドですね。外国人観光客が広島を訪れる割合は圧倒的に高くなっています。このビジネスチャンスを逃す手はないでしょう。インバウンドを対象としたサービスを掘り下げていけば、もっと新しいビジネスモデルが発掘できるのではないでしょうか。「スポーツ×医療」「スポーツ×インバウンド」といった具合に、何か新しいビジネスの可能性が生まれるなら、僕たちもスタートアップを支援する企業として、ぜひお手伝いをしたいと考えています。皆さんの健闘を祈ります!