為末大氏に学ぶ、挑戦の思考と哲学。第1回

為末 大氏と聞いて、まず思い浮かぶのは世界陸上における2度の銅メダル獲得や3度のオリンピック出場など、トップアスリートとしての華々しい活躍である。だが、引退後の彼のキャリアはよくあるトップアスリートのそれとはかなり異なる。テレビ出演なども行っているがそれは活動の一部であり、自ら会社を立ち上げ、実業家としてビジネスの可能性も追求している。彼の考え方や生きざまは、アスリートに限らず「転機」を迎えた人々にとって大変参考になる。今回は、為末氏の経験を振り返りながら、新しいことを始める時に、何をどう考えてどう行動していくか、その心の在り方をひもといていく。

  • PROFILE
  • 為末 大氏

    1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初めてメダルを獲得。3度のオリンピックに出場。男子400mハードルの日本記録保持者(2019年3月時点)。現在は、Sports × Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表、一般社団法人アスリートソサエティの代表理事などを務める。『諦める力』『逃げる自由』『限界の正体』『負けを生かす技術』『心のブレーキを外す。』など著書多数。

    ●株式会社Deportare Partners:http://www.deportarepartners.tokyo/
    ●一般社団法人アスリートソサエティ:http://www.athletesociety.org/

自分の思いを形にしたいなら、
まずは自分自身を知ること。

転機に置かれた時には、“勝てる領域”を選ぶ。

まず競技人生について伺いたいと思います。大きな方向転換だったのは、陸上競技の花形100mから400mハードルへの転向だと思いますが、その時の心情はどのようなものでしたか?

為末:自分の場合、早熟型の選手だったため、高校になって伸び悩んだのが方向転換の大きな要因でした。それと当時の先生がもともとハードルをやっていて、緩やかな誘導があったのも影響していますね。でも、自分なりに火がついたのは、世界ジュニアに参加してからです。当時、僕は100mから400mへと転向し、人生初の国際大会で4位に入賞したのですが、実際のところトップとは相当な差を付けられていました。しかも優勝した選手のインタビューを聞いたところ、彼の本業はアメフト選手だということを知り、「これが世界か!」と思い知らされました。
そこで打ちのめされてぼんやり競技場を眺めていると、ハードル競技が行われていたのです。ちょうど決勝戦でしたが、優勝した選手は僕から見てもそんなに上手な選手とは思えませんでした。ハードルの前でちょこちょこと足を合わせたり、ハードルの上を大きく飛びすぎたりと、「もっと技術的にやりようがあるのではないのか?」と感じました。
その瞬間「この競技なら、足が速いだけではなく、もっと違う要素で勝てるかもしれない」と。それからは、「日本で収まっていては面白くない。世界と勝負する土俵に登りたい!」と、自分の中で気持ちが切り替わりました。

ビジネス的な言い方をすると、「ブルーオーシャン」というか「勝てる領域」を選択したわけですね。しかし花形である短距離走を離れ、これまでの実績を捨てることに葛藤はなかったのですか?

為末:僕の場合、「あのまま100mをやっていれば良かったのでは」と後悔することは、そんなになかったですね。選手によってはその競技にこだわっていくことで、目を見張るような成長を遂げる人もいますが、僕は世界を体験した時点で「このカテゴリーでは勝てない」と考えるタイプでした。ですが、やはり人間である以上、理屈では納得していても、そううまく気持ちの整理が付かないことも当然あります。
そんなとき僕は、過去を思い出させることを物理的に捨てるようにしています。引退する時も、これだけ長くやっていたのだから、相当未練があるはずだと自分で分かっていましたので、陸上に関連するものは家から全て捨てました。別れた恋人の写真を捨てるのと似てますね(笑)。

それは為末さんにとって、前に進むための儀式ですね。「創業」というフィールドに踏み出す際も、そうした決別や覚悟のようなものが必要でしょうか?

為末:いえ。こればかりは、人それぞれでいいと思いますよ。僕の場合、陸上競技から次の人生に移行する際は、たまたま兼業が難しかっただけです。皆さんが創業される場合は、兼業しながら週末創業のような緩やかなスタートも、一発ドンとチップをはるような創業も、両方あっていいと思います。現在の僕自身は、どちらかというと前者のタイプに当てはまります。個人としてテレビに出ながら、緩やかに創業しているケースです。
もちろん、これがやりたいというのが明確で目算が立っている人は、最初から思い切ったスタートを切ってもいいと思いますが、兼業で土・日に始めるようなスタイルもよいのではないでしょうか。むしろ、緩やかな創業をお勧めしたいくらいです。そこでテストしてみて、「いける!」という手応えがあれば、徐々に移行すればよいのですから。

為末大氏

自分自身を知る、それが創業への第一歩だった。

為末さんは、大学に入ってからもスランプを経験されて、練習をいじりすぎたのが原因だと自分で分析されています。失敗から学んだことは、今も役立っていますか。

為末:「人間がどんな時にエラーを起こすか」を説いた行動経済学や認知心理学の本を読みました。自分の行動を振り返ってみると、その本に書いてある間違いを大体やっていました(笑)。でも、スランプ時の間違いが自分を見直すよいきっかけになり、僕がいかに勝手な解釈をし、思い込みや勘違いで行動していたのか、今は冷静に分析できるようになっています。そして、人生の早い段階で失敗や試行錯誤を繰り返し、「自分」という存在を凝縮して理解したことが、引退後の人生においてもとても有利に働いていると感じています。
だからビジネスを始める際も、「自分」が分からなくて苦しむということがありませんでした。もし陸上ではなく球技をやっていたら、こういう思考にはなりにくかったと思います。球技は、戦術やチームワーク、個人技が複雑に絡み合うスポーツですが、陸上はタイムが上がるか下がるか、ランキングが上がるか下がるか、全てが「自分次第」のシンプルな勝ち負けの世界です。
引退後、いろいろな方と対談させていただいたのですが、不思議と将棋棋士の羽生さんと共感する部分が大きかったのです。勝ち負けの中で自己問答を繰り返すという点では、陸上選手は棋士とよく似ています。どちらも孤独な戦いの中で自分と向き合ってきたからこそ、自分を厳しく見つめ、分析することができたのだと思います。そして、人生の次のステップに進む上で、とても重要なことだったと捉えています。

自分と向き合い、研鑽を積んできた経験が、自分の理解につながり、次のステップでも生かされているということですね。それは創業を目指す人にとっても共通することでしょうか?

為末:そうだと思いますよ。創業する際は、「どういうマーケットを選ぶのか」「どのような物やサービスに仕上げるのか」といった戦略的な部分が大切ですが、それ以上に「そのやり方は自分に合っているのか」ということもすごく重要だと思います。合っているかどうかを見極めるには、自分がやってきたこと、判断してきたことを振り返り、その意味を理解していくしかありません。
「自分はどうして、あの時イライラしたのだろう?」「あの時、どうしてそれが楽しいと感じたのだろう?」といった一つ一つの考えが、自分の人生の方向を決めていくと思っています。「創業」というのは本人が決めたことが会社になるわけですから、そのビジョンには本人の好き・嫌いが相当反映されているはずです。逆にビジョンできれい事を言ってそれが本心から懸け離れていると、創業者に共感して集まってきた仲間たちから「違うじゃないか」と言われる羽目になります。
自分は何が好きで、何がしたいのかは、自分だけが知るところです。こればっかりは、他人に聞いても答えは返ってきません。ひたすら自分に、正直に問い掛ける以外に方法はありません。

創業のビジョンは、自分に正直に聞くしかないということですが、一見簡単なようでなかなか難しそうです。つい、聞こえの良い言葉をビジョンにしてしまいそうですね。

為末:極端なことを言ってしまうと、最初は「お金が欲しい」というビジョンでも全然かまわないと思います。ビジネスが軌道に乗り、余裕が出てくれば、「社会の役に立ちたい」というビジョンも芽生えてくるかもしれません。ただ自分の正直な思いと、ビジョンが乖離してしまうのは良くありません。社員だけでなく、ステークホルダーやお仕事を頂く方たちにも、「君の思いに共感したのに、話が違うじゃないか」と言われる事態だけは、あってはならないことだと思っています。

新豊洲Brilliaランニングスタジアム オープニングイベントの様子

第2回に続く

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