為末大氏に学ぶ、挑戦の思考と哲学。第2回

それまでの人生が自分の市場価値。
戦略よりも重視した、創業の理念。

本質を見極めるとともに、アプローチも見直す。

話は少し戻りますが、為末さんは大阪ガスを退職後、プロ選手としての道を選択されていますが、その際、「自分の市場価値」について随分悩まれたそうですね。その時の経験からアドバイスできることはありますか?

為末:自分がやってきたことの何に価値があるかを考えた時、会社にいる間は「勝つこと」が僕の市場価値でした。確かに勝つことは、会社に貢献し、自分の価値を提供できる手段でしたが、それがなくなった時、何をすると評価されお金がもらえるのか、当時は分からなくて本当に悩みました。
スポーツをビジネスの世界で突き詰めると、やはり「勝利」や「感動」がエンターテインメントとして価値があるということになります。そもそも消費者は「選手」そのものを買っているわけではなく、勝利や感動を、そこに至る背景や人生などと合わせて買っているのです。
現在、僕はアスリートのセカンドキャリアの支援も行っていますが、引退という転機を迎えると、やはり自分の価値が重要になります。そこで選手の皆さんには、「自分が携わってきた競技名を使わずに、自分が何をしてきたか説明してください」とお願いしています。こういう置き換えができるようになると、引退しても、次の人生にピボットしやすいのです。

為末大氏

面白い考えですね。最後は本質的な価値が重要になることは、ビジネスにおいても同じといえそうです。商品にしても、商品名を使わずに説明する練習を行えば、本質を見直せるとともに、新しい視点からの発見がありそうです。

為末:長い山道を登ると、いよいよ山頂が見えてくるころになって、他の登山道からもアプローチできることに気付きます。目の前に集中していると周りが見えていませんので、視点の切り替えは大切です。これから創業される方も、自分がやってきたことを客観的に見直し、時には違うアプローチも検討しながら、山を登っていく方法を探すとよいのではないでしょうか。
その際大切なのは、自分に正直になり、うそをつかないことです。背伸びしたり格好付けたりして、自分の好きなことや得意なことから離れてしまうと、自分だけでなく仲間やクライアントにも居心地の悪い思いをさせてしまいます。自分に誠実であれば、仲間たちをがっかりさせることにもならないと思いますよ。

戦略ではなく、まずは理念で道を選んだ。

為末さんは、アスリートの引退後としてイメージしやすい、解説者といった職業を選択しませんでした。そこには、何か為末さんなりの戦略があったのでしょうか?

為末:そんな大層なことではないですよ。ただ僕が、何事も人と違った選択をしがちな人間だったというのが大きな理由かもしれません(笑)。スポーツは大きく分けると、「見るか」「するか」の2つになりますが、「見る」方はどちらかというと、カープやサンフレッチェのようなスポーツ・ビジネスの領域です。僕たちの会社がやろうとしている事業は、スポーツを「する」方で、そういったビジネスとは対極にあります。
僕たちの会社、「Deportare Partners(デポルターレパートナーズ)」のDeportareという言葉はスポーツの語源となったラテン語に由来しているのですが、この言葉には「気晴らし」「休養する」「楽しむ」「遊ぶ」といった意味があり、その中には詩を読んだり歌をうたったりするような、「表現する」行為も含まれているそうです。人間の本質的なものをひと言で表現している言葉だと思って、社名にしました。
僕はこの言葉が示すように、人と人がスポーツをすることでつながり、そこから得られる幸福感や相互理解を追求し、可能性を広げていくことをビジネスにしたいと考えています。「人間を理解し、可能性を拓く」という当社の社是も、そのような思いから生まれています。戦略があっての選択というより、その前に理念があっただけのことです。

具体的にカテゴライズすると、どういった事業領域でしょうか? また、事業を始める際、経営計画などはどのように立てられたのですか?

為末:分かりやすく言うと、「見る」というスポーツ・ビジネスの領域が、「放送」「放映権」「スタジアム」「プロチーム」といったキーワードのカテゴリーだとすると、僕たちが目指す「する」の領域は「個人でやるスポーツ」「コミュニティ」「ヘルスケア」「まちづくり」といった、かなり幅広い範囲をカバーするカテゴリーになります。経営計画に関しては、恥ずかしながら、最初から明確なものを用意していたわけではないですね。まず、僕自身の活動を中心とした個人の会社があり、一方で株式会社Deportare Partnersを運営するといった感じで進めています。

為末大氏

後者の会社ではスポーツ施設の管理・運営、子どもたちを対象としたかけっこスクールの運営、VRやARを活用したイベントサポートなどのB to B事業に加え、スタートアップ支援と彼らのためのシェアオフィスの運営なども行っています。創業者の支援においては出資も行っていますが、そこには僕個人の会社の利益を出資に回すといった形で、経営的にバランスを保っています。
兼業なども含めて「緩やかな創業」があってもいいとお勧めしたのは、僕自身のこうした状況も踏まえてのことです。僕の場合、幸いなことに個人の活動がある程度成り立っていますので、そこで得たプラス分を積極的にチャレンジに充てています。

Deportare Complex オープニングイベントの様子

第3回に続く

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