独自のアイデアを持ちながらも、資金面の問題からやりたいことにチャレンジできない人々に対して、インターネットを活用して不特定多数からの資金を募り、夢の後押しをするクラウドファンディングサービス。数年前に登場して、あっという間に市民権を得たこのサービスを日本で初めて立ち上げたのが「Readyfor」である。代表を務める米良はるかさんは留学先のアメリカで、すでに200以上のクラウドファンディングのサイトが立ち上がっているのを知って、「日本でもこの流れが必ずやって来る」と確信し、帰国後に事業をスタート。当時はまだ大学院に通う学生であり、24歳という若さでの挑戦だったという。2012年、日本人としては最年少でダボス会議にも参加。新しい金融サービス、クラウドファンディングと共にその活動が注目されるようになり、社会を変える若きリーダーとして期待を集めている。
新しいビジネスをつくる上で大切なのは“伝えるためのロジック”と“情熱”。
広島はどこにもないアイデンティティーを持った地域。
東京中心は国内の話。海外から見ると広島の方が魅力的なことも。
Q. クラウドファンディングというまったく新しい挑戦に、そもそも迷いはなかったのですか?
米良:実は大学時代に、パラリンピック日本代表スキーチームの備品代を集めるという目的で、ネット上で小口の資金を募る投げ銭サイトを立ち上げ、120万円の資金調達に成功したことがあるのです。その時の手応えから、インターネットを活用すれば、思いがあるのにチャレンジできない人たちのサポートをできるのではないかと強く思うようになりました。
その後、大学院に進んで間もなく、アメリカのスタンフォード大学に留学しましたが、そこで初めてクラウドファンディングのことを知りました。ちょうどアメリカでも注目され始めた頃で、ネット上では次々とクラウドファンディングのサイトが立ち上がり、すでに200ほどのサイトが運営されていました。そうした状況を目の当たりにして、この新しい資金調達の手法は、日本でも必ずニーズがあるだろうと確信しました。
Q. それで帰国してすぐ事業をスタートしたのですね。
米良:サービスは、2011年に開始しました。しかし私の場合、すぐに会社を立ち上げたわけではなく、3年間はシードアクセラレーターのような組織(東京大学の松尾先生が率いるWeb関連企業・オーマ株式会社)の一事業としてサービスを提供していました。3年後、法人化した時はすでにクラウドファンディングの市場でもトップシェアを占めていたので、1期目から黒字スタートを切ることができました。おかげで、多くの人が経験する創業時の苦労とは、ちょっと無縁だったところもあります。
Q. ところで、一緒に事業をする仲間はどうやって見つけたのですか?
米良:最初はまだ大学院生でしたので、学生仲間数人と事業に取り組んでいました。その後少しずつメンバーを増やしていき、今はサイト経由で、私たちのミッションに共感してくれる方がたくさん応募してこられます。おかげさまで最初は4人で立ち上げた組織も、現在は60人ほどのメンバーが働く会社に成長しました。
当社の場合、会社としての思想を強く打ち出している分、思いの部分で食い違いがないのがありがたいですね。「誰かを応援したい」という気持ちを持っている人ばかりなので、仲間にはとても恵まれていると思います。ただ、組織が成長していく中では、マネジメントが行き届かない部分も少なからず生じてきます。
同じ思いを持って、同じ船に乗っていたはずなのに、少しずつズレが生じて船を下りてしまったというケースもあります。人が増え、組織も複雑化してくると、隅々にまでミッションが浸透しきれないこともあるのです。そんな時はやはり組織の規模に見合った仕組みを整備し直し、メンバーがそれぞれの才能やスキル、違いを一番生かせる状況をつくることが大切だと考えています。私自身マルチな人間ではないので、できることは誰よりも圧倒的にできるようにして、できないことは圧倒的にできる人と一緒に行うようにしています(笑)。
Q. 学生から即経営者という選択に迷いはなかったのですか?
米良:正直なところ、ありました。今も就職と創業、どっちの選択が正しかったか分かりませんが、自分には“就職する”という選択肢は必須ではなかったのかなと感じています。経営者がどうあるべきかと考える時、多くの人が“利益を生み出す存在”と捉えがちですが、私は経営者だけでなく、メンバー一人一人がオーナーシップを持っている組織の方が、会社としては強いのかなと考えています。私個人としても“経営している”という感覚より、メンバーと同じ船に乗って“冒険している”という感覚の方がしっくりくるんですよ。船に乗り合わせたクルーは、同じ思いを抱いて、同じ行き先を目指す冒険仲間。とてもフラットな間柄です。
そんな中で私が担うべき役割は、Readyforが目指す社会や価値観を伝え続けていくことだと思っています。会社経営の目標は、単に売り上げを伸ばし大きくすることではなく、その会社が理想とする価値観を広めて、社会を変えること。そのために会社というプラットホームを最大限に活用しているのだと捉えています。
Q. モチベーションが下がるなんてことは、米良さんには無縁かもしれませんね。
米良:そんなことないですよ。自分の場合、根っから楽しいことが好きという性分なので、多種多様なプロジェクトが舞い込んでくるReadyforだから、モチベーションが維持できているという部分もあります。もし違う仕事だったら、こんなに情熱がキープできたかなと思うことはありますよ。
現在Readyforには、さまざまなプロジェクトが寄せられていて、その中には創業だったり、地域色の濃いプロジェクトだったり、興味深いものがたくさんあります。個人的には、地域を盛り上げていくことにもっと面白い仕掛けができるのではないか、当社だからこそできるサポートがあるのではないかと感じています。
Q. 地域の話題が出たところで、米良さんから見た広島の魅力ってどんなところでしょう?
米良:まず「平和」を語る力がすごいと思います。今は“日本の中のここ”というより、“世界の中のここ”という時代ですよね。そうした中で、広島が「平和」というキーワードを携えて、ある種の役割を果たし続けていくなら、大きなポテンシャルを秘めた街といえるのではないでしょうか。
世界中で新しいアイデアがどんどん生まれている中で、「平和」という1点に絞っても、いろいろな取り組みが考えられるはずです。どこにもないアイデンティティーを持った地域って、それだけで拠点となり得る魅力を秘めています。そのアイデンティティーをうまく伝えることができたら、日本国内だけでなく、世界からも創業者が集まってくるかもしれませんね。
特にインターネットを活用したビジネスなら、東京にいる必要なんて全然ないのです。それでも「やっぱり東京でないと」という方がいるかもしれませんが、東京が中心なのは国内での話ですよね。海外から見ると、むしろ広島の方が魅力的なことがあるかもしれません。テーマを決めてそこを伸ばしていくと、もっと強いアピールを世界に発信していけると思います。
実は当社のサービスにおいても、地域に根差した取り組みを始めています。一つはネットに明るくない人にもクラウドファンディングを利用してもらうための取り組みです。宮城県までメンバーが出向いて、生産者さんと一緒に宮城県の「おいしい!」を全国に発信するプロジェクトで、現在複数の企画が立ち上がっています。今後も自治体と連携して、こうした取り組みを増やしていけたらいいなと考えています。
もう一つは、ガバメント・クラウドファンディングと呼ばれるもので、こちらは広島県さんと一緒に、新しいスタイルの「ふるさと納税」に取り組んでいます。「ふるさと納税」というとその返礼が注目されがちですが、広島県さんでは地域貢献により直結する「ふるさと納税」にしたいという思いから、廃校リノベーションプロジェクトを立ち上げ、3000万円を目標にクラウドファンディングを募っています。私たちもこうした地域のチャレンジを増やすことで、税金ではない新しいお金の流れが生まれると面白いなと手応えを感じています。
Q. いろんなプロジェクトが集まってくる中で、地方での創業に足りないポイントはありますか?
米良:地方に限ってのことではないのですが、寄せられてくる案件の中には、レストランを開くのにそもそも場所も決まっていないなど、計画の初歩から見直しが必要なものがたくさんあります。でも当社では「足りないからダメ」というのではなく、むしろ私たちを相談窓口に使ってもらうのでも全然構わないと考えています。大切なのは「やってみたい」という思い! 私たちは、皆さんと同じ熱量を持った伴走者でありたいと願っています。皆さんのチャレンジが加速できれば、これほどうれしいことはありません。
人によっては、「リスクを背負うのは創業者としての覚悟」という意見もあります。でもみんながみんな、覚悟がないと創業してはいけないのかというと、そうじゃないと思うんですよ。個人を担保にせずチャレンジできるなら、その方がいいですよね。クラウドファンディングを活用して、ビジネスのプロトタイプをつくったり、試しにイベントを開いたりといった挑戦ができたらいいのです。自己資金や融資にクラウドファンディングをプラスして、リスクを減らすという考え方もあります。
いずれにしろ、一度きりの人生なら、やらないで諦めるより、絶対やった方がいい。もしも皆さんが実現したい世界があるなら、会社というプラットホームを通じてどんどん実現していくべきだと思います。ぜひ、あなたの夢に挑戦してください。