好きなことだから、努力を努力と思わない。広島から世界への挑戦。
有限会社IC4DESIGN

カミガキヒロフミさん

  • PROFILE
  • 広島県呉市出身。福岡の大学で美術を学び、広島のゲーム会社に入社する。その後デザイン会社、広告代理店を経て、1998年に広島で創業。2006年に有限会社IC4DESIGNを設立する。2009年には、「New York Times Magazine」のカバーイラストに起用され、世界で最も古い広告デザインの国際賞ADCで銀賞を受賞する。2010年にはアメリカの鉄道会社の祭典「National Train Day」のポスターを作成するなど、海外の仕事を手掛けるようになる。2021年には、第100回「ADC Awards」の審査員を務め、ますます活躍の幅を広げている。

ニューヨークタイムズの表紙を飾り、ADC銀賞、カンヌライオンズ銅賞、ONE SHOW銀賞・銅賞・メリットなど、世界トップクラスの賞を受賞している広島のデザイン会社「IC4DESIGN」。精緻に描き込まれたイラストに個性的な世界観は、国内外で高い評価を受けている。数々の象徴的なイラスト作品をはじめ、絵本「迷路探偵ピエール」は現在第3部まで続くシリーズとなり、30の言語で、32以上の国で出版されている。広島にいながら世界へ、エリアにとらわれないクリエイターとしての秘訣を伺った。

ひろしまの創業のポイント創業のポイント

自分を必要としてくれるところは必ずある。自分から積極的に動く。

世界を市場として考え、自分だけのニッチを探す。

狙った目標以上にはなりにくい。はるか高みを目指すこと。

チャンスは待つのではなく、
動くことでやってくる。

Q. 創業から海外の仕事に至るまでの経緯を教えてください。

カミガキ:子どもの頃から絵を描くのが好きで、暇さえあれば絵を描いていました。でも最初から絵を描く仕事に就いたわけではなく、大学を卒業した後は、海外のゲームをローカライズする会社に入りました。そこでしばらく働くのですが、次第に人の作品に手を加えるだけでなく、自分で絵を描くことを仕事にしたいと思いました。その後、デザイン会社、広告代理店を経て、その流れで独立しました。そのため、しっかり創業の計画を立てたわけではなく、パソコンを買って自分の部屋でイラストやデザインの仕事を始めたのです。
広島を拠点に活動していましたが、当時は東京の仕事といえば全国規模の仕事であり、自分も東京の仕事がしたいと漠然と考えていました。独立して仕事も落ち着いてきたころ、本格的に東京へ営業を考えるのですが、その時にはインターネットのインフラがかなり整っており、どうせメールを送るだけなら海外も同じだと思い、もともと憧れのあったニューヨークに営業してみたのです。リアクションはそれなりにありましたが、すぐに仕事があるなんてこともなく、1000件近くメールして、電話も500件近くかけてやっと数十件ほど話ができるという感じでしたね。中でも良い反応をくれた、イラストの営業代理店と仕事をすることに決め、何度かイラストの仕事を受けていると、ある日突然ニューヨークタイムズから、カバーイラストの依頼が会社に直接きたんです。この作品がニューヨークの「ADC 89」で銀賞を受賞し、メディアでも取り上げられたことで、海外の仕事が増えていきました。

Q. 創業したばかりの時に苦労したことはなんでしょうか。

カミガキ:とにかく仕事の獲得に苦労しましたね。イラストはずっと描いてきましたが、流れで創業したので、営業など会社を回すためのノウハウは全くなかったんです。今のようなインターネットもなかったので、イラストを仕事にするにはポートフォリオを持って企業を一社ずつ回り、自分を売り込むしかありませんでした。飛び込みのような営業もしていたので時には怒られることもありました(笑)。コンスタントに仕事がないため、日々何とか食いつなぐ感じでしたね。会社にした後は、雇用やお金のやりくりも苦労しました。自分で創業する以上、職人として活動したくても、職人外のこともしなければなりません。最低限でも、経営のための知識は学んでおくといいですね。

Q. クリエイター系の仕事における創業のポイントは?

カミガキ:今考えると、人のつながりで仕事を紹介してもらえばよかったと思います。ゼロから企業に営業して、仕事を獲得するのはやはり難しいです。ですが、知り合いの方に紹介してもらえると、取りあえず会って話を聞いてくれるので、最初のハードルは越えることができます。最近では、仕事をマッチングしてくれるサービスも増えているので、うまく活用するといいと思いますね。
また、仕事をしているといろいろな人に出会いますが、「いい仕事ないですか?」と声を掛けておくことですね。すると何人かに一人は、実際に仕事の相談をくれます。その際、目先の仕事があって大変だったとしても、面倒だと思わず「ぜひやりましょう」と乗っかることが大切です。このようなことを繰り返していると、だんだんと声が掛かるようになります。私もそのような積み重ねで、今に続くつながりをつくることができました。小さなことに思えるかもしれませんが、ただ待つのではなく自分から動くことで、少しずつ上向いていきます。

今やデジタルを使いこなすことは必須。
ただし、それを目的にしないこと。

Q. ITで時代は大きく変わっていますが、今何が必要でしょうか。

カミガキ:デジタルの力をうまく使うことは非常に重要です。迷路探偵ピエールという絵本を出版させてもらいましたが、こうして世界中に届けられるのは、インターネットで世界がつながり、SNSを通じて知ってもらえるなど、まさにデジタルの力あってのことです。
ですが、アナログがすべて駄目というわけではありません。アナログであることが、質の向上やまねできない独自性につながるなら、必ずしもデジタルの必要はありません。デジタルなインフラは変化も激しく、デジタルそのものを目的にすると、振り回されるかもしれません。まずは自分のやりたいことが前提にあって、それを実現するツールとして正しく活用すべきではないでしょうか。もちろん適切な手段を選ぶためにも、ITに関する知識は欠かせないと思います。
他にも、以前は資金を調達しようと思えば、人や銀行から借りるくらいしかありませんでしたが、今ではクラウドファンディングのような目的を持った人を支援してくれる仕組みがいろいろあります。こうしたツールはクリエイターをはじめ、新しいことをしたい方と相性がいいと思います。何よりも企画を評価してもらえることがありがたいですよね。例えば、クラウドファンディングで絵本を作りたいと考えるなら、支援の見返りとして完成した絵本をプレゼントするだけでなく、本人をキャラクターとして登場させるなど、見る人に面白いなと思ってもらえる企画力が重要です。これはクリエイティブな活動全般に必要な力です。もちろんシビアな反応もありますが、それも含めて、自分のアイデアに対して生の反応が見られるのはとても貴重です。

Q. 実際にSNSを活用されていますが、反応はいかがですか。

カミガキ:特にクリエイティブな分野でのSNSの影響力はすごいですね。さまざまな賞に応募しはじめたときから感じていることですが、地方のクリエイターこそSNSを活用するべきです。例えば、企業のアートディレクターが新しいイラストレーターを探すとき、まずはイラストの受賞者が載っている雑誌などを調べます。仮に3冊見たら、1冊目では何となく読み飛ばしたイラストレーターでも、2冊目にも載っているとさっきも見たなと思います。さらに3冊目にも載っていれば、有名なイラストレーターだなと考えるでしょう。有名であることと、価値があることには大きな関係があります。すぐに賞を取るのは難しいとしても、SNSに投稿するのは誰でもできますね。SNSにどんどん作品を投稿すると、人々の目に留まる機会が増え、市場価値が上がるのです。心理的な話でいうと、人は知っているものに好感を持つため、いくつかの候補がある場合、見知った方を選ぶ可能性が高まります。
ただし個性は常に必要です。個性とは良い悪いという話ではなく、印象に残ることです。私たちでいうと、技術力を上げるだけでなく、エンターテイメント性やストーリーなど多様な要素を取り入れています。多くの絵は見ても覚えられませんが、印象に残る個性があると見つけてもらえるようになります。

フラットになる世界で、ニッチなビジネスを。

Q. これからのビジネスで大事なことはなんでしょうか。

カミガキ:私にとって理想的なビジネスは、ニッチでありつつも、世界を市場として考えることです。以前、イギリスの出版社と契約した際に驚いたのは、制作の予算がグローバルな市場を基準にしていることでした。日本で映画を制作する場合、国内1.2億人のマーケットを基準に利益を試算して、制作費が決められます。ですが、ハリウッド映画ではどうでしょう。世界の人口はおよそ75億人のため、単純に計算すると約60倍もの予算があるのです。これからますます二極化が進み、全世界を席巻するために制作費も利益も巨大なものか、あるいは特定の需要を満たす低予算なものに分かれ、中間の制作スタイルは厳しくなってしまうかもしれません。
日本は十分な経済規模があったため、わざわざ海外に出る必要がありませんでしたが、これからは、日本でも思い切った発想の転換が必要になると思います。ただし、世界で全面的に競争するのではなく、世界の中の隙間を狙うべきです。例えば職人が時間をかけて制作するニッチなジャンルだと、グローバル企業との競争もありません。しかし、市場は世界であり、潜在的な顧客は75億人です。仮に1万人に1人しか興味を持ってくれなくても、75万人の顧客がいるのです。
世界のメインストリームで戦うには、資金も人材も膨大に必要になりますが、ニッチであれば、競争は少なくて規模は十分にあり、すごく幸せにビジネスができるのではないでしょうか。日本語だけで情報を発信すると、日本国内だけに限られてしまいますが、英語を使うとマーケットが一気に世界へ広がります。世界で自分だけのニッチな分野を見つけることが大事だと思います。

Q. 広島を拠点にしていますが、メリットやデメリットはありますか。

カミガキ:広島のいいところは住みやすく、コストが低いことですね。生活していてゆとりがあります。デメリットとしては、東京などの都市部に比べると、つながりが生まれにくいことが挙げられますが、やりとりがオンラインになることで差が埋まりつつあります。よくインタビューを受けますが、コロナ禍が起きる前は訪問しての取材が前提のため、全国のメディアだと東京界隈の方が選ばれやすく、広島は何かのついでにということが多くありました。ところが、オンライン取材が当たり前になり、地方の方が取り上げられやすくなっています。
これからの時代は、費用面で地方が有利になるかもしれません。広島で事務所を構えると月に数十万円でも、東京だと百万円以上になるでしょう。ランニングコストが低いことで余裕ができると、クオリティーの向上につなげられますので、仕事があれば、東京にいるよりも競争力があります。さらにいうと日本国内だけの話ではなく、世界でも同じです。
また、拠点にしている都市の名前で、仕事が変わるのではないかという質問もよく受けますが、海外では全く関係なく、作品だけが評価されます。今後さらに、インターネットによって世界がフラットになることで、地方が有利になる局面が増えるかもしれません。

自分の見る場所が、自分の限界になる。
目標は高く、好きなことを突き詰める。

Q. グローバルに活躍するには、何が必要でしょうか。

カミガキ:目線を高くすることが重要だと思います。私は子どもの頃からニューヨークに憧れがあり、海外で活躍したいと思っていました。中学生のとき、長岡秀星さんというアメリカで活躍したイラストレーターの展覧会を見たのですが、今思えば最初に刷り込まれたイラストレーター像がその方でしたね。絵を描くということは、世界中の人に見てもらうことであり、自分も世界のトップと張り合いたいと思うようになりました。決して偉そうに言える立場ではありませんが、地方のクリエイターの方と話すと、目標が低いように思います。地域のトップを目指しても、それだと地域でそこそこの位置にとどまってしまいがちです。ですが、もし世界のトップになることを目標にしていたら、世界を相手に仕事をするのは当たり前に思えますよね。世界のトップクラスにいる人を見ると、「当たり前」の水準がとても高いのです。はるかに高い目標を持ち、それを基準に行動するからこそ、並外れた結果を出せているのです。
世界のビジネスでは、ダイナミックさやスケール感が違います。世界に向けて作品を作っていると、ハリウッドで映画化の話が出てきたり、いろんな国で販売しないかと持ち掛けられたりします。東京でも、海外でバリバリ仕事する人は意外と少ないので、場所に関係なく、ぜひ挑戦してほしいですね。

Q. 最後に創業希望者へアドバイスをください。

カミガキ:事業と向き合うと週に5〜6日は働くことになりますので、もし自分の嫌なことを仕事にしてしまうと、人生の半分以上が苦痛な時間になってしまいます。創業の良さは、自分の好きなことを仕事にできることです。ただ、ぜいたくな悩みですが、仕事にすると何が楽しいのか分からなくもなります。がんばって名前が知られてきても、絵を描き続けるのは変わらず、むしろどんどん増えて大変になります。ですが、それは他の分野でも同じことで、最初の半年は新鮮ですが、仕事として続けていると楽しさは失われるでしょう。
だったら最初から自分が一番楽しいと思う選択をするべきですよね。私の場合、結局「絵がいいな」となるのです。本当にやりたいことなら、自分をごまかしたり、言い訳したりできなくなります。私も大変さはありますが、自分の好きなイラストの仕事でメッセージをもらうとうれしく、すごいオファーが来たときはこの上ない達成感を味わえます。努力を努力と思わず続けられるのは、本当に好きなことだけです。目線を高く、好きなことで突き抜けてください。

有限会社IC4DESIGN


【創業】2006年4月
【所在地】広島市中区小町1-5高山ビル3F
【ホームページ】https://www.ic4design.com/

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