2013年に日本初のブリュレフレンチトースト専門店「foru cafe」が誕生した時、オーナーの平井さんはまだ早稲田大学に通う大学3年生だった。そのため多くのメディアから“女子大生起業家のお店”として紹介され、平井さん自身も注目を浴びる存在となる。だが、そうした華々しいうたい文句にばかり気を取られていると、実業家としての彼女の資質を見落とすことになる。継続が難しいといわれるカフェ経営の中、グラノーラのオリジナルブランドを立ち上げ、ドラフトコーヒーサーバーの卸売り事業を開始するなど、次々と新しい価値観を市場に送り出してきた平井さん。2017年には、新規事業アイディアがスイスの高級時計ブランド「ウブロ」が主催する「HUBLOT LOVES WOMEN AWARD 2017」を受賞するなど、女性ならではの感性を生かして、飲食業界に新しいスタイルのビジネスを確立しようとしている。
学生時代の挑戦がSNSで拡散・ブレークしたことが創業のきっかけに。
カフェ店はコストの塊。特色を出しどう広げるかのアイデアが重要。
業の継続には、働きやすい環境と新しい価値の創出が不可欠。
Q.創業するまでの簡単な経緯を教えてもらえますか?
平井:フレンチレストランでのアルバイト経験があり、もともと料理に興味を持っていたのですが、実際に自分でアクションを起こそうと思ったのは、ワーキングホリデーを使って、オーストラリアの「bills」というお店で働いたことが影響しています。「bills」といえば、現在は日本でも店舗を展開していますが、「世界一の朝食」と称賛されたパンケーキで有名なお店です。本場のふわふわパンケーキに触れて、「私もオリジナルな食文化を発信してみたい!」と強く思うようになりました。
日本に帰ってきてから、知り合いのお店を休日だけお借りして、週末限定のフレンチトースト専門店をオープンさせたのですが、それがSNSであっという間に拡散され、1ヶ月前から100人のご予約が埋まるという状況になりました。そこで、「これはいけるぞ!」と思って、自分でカフェをオープンする決意をしたのです。
Q.学生時代に創業したのは何か意図があったのですか?
平井:あえて学生のうちに、といった意識は全くありませんでしたが、いろいろ活動する中で、「このまま学生の遊びで終わらせたくない、ちゃんとビジネスとして成り立たせたい」という思いはありました。当時、私の周りには何かを発信したいというエネルギーに満ちた学生がたくさんいて、自ら組織をつくって名刺交換するなど、さまざまな活動に取り組んでいました。でも、社会からは半人前として見られているようなところがあって、このままで終わらせないぞといった反骨精神みたいなものが、私の中にもあったのかもしれません。
Q.創業されてから5年になりますが、現在も事業の柱はカフェ運営ですか?
平井:現在はカフェ運営の他に、「FORU GRANOLA」と「ドラフトコーヒー」といった二つの事業も手掛けています。グラノーラ(FORU GRANOLA)はこのお店の2階が工房になっていて、店頭販売やオンライン販売の他、百貨店のイベントなどにも出店しています。グラノーラは常温保存できる商品なので、国内はもちろん、海外にも輸送できるのが魅力ですね。商品と共にビジネスがどんどん広がっていくのは、カフェ運営にはない面白さです。
もう一つの「ドラフトコーヒー」は、ビールサーバーから注ぐ新感覚コーヒーのことです。このコーヒーとの出会いは2年前。シンガポールにグラノーラを売りに行った時に見つけ、ぜひ日本に持って帰りたいと思いました。専用サーバーの開発から携わり、現在では飲食店に向けてドラフトコーヒーサーバーを卸売りしています。
飲食店の成功というと、通常はいかにして店舗展開を図るかに懸かってくると思います。でもそれだけだと、これまでのビジネスの殻を破ることはできません。それよりも「食」という枠の中で、もっといろいろな可能性を探ってみたい、その思いが現在の事業の形に結び付いています。
Q. foru cafeがゼロ号店のままなのも、あえて店舗を増やさない戦略なのですか?
平井:確かにリアル店舗はここだけですね。カフェという業態は客単価もさほど高くなく、すぐ天井が見えてしまうビジネスです。そんな中、コストの塊である店舗をむやみに増やしていくのは、とてもリスキーなことです。それよりも今はこのゼロ号店を生かしつつ、ここからどう広げていくかを考える方が正解だと思っています。もちろんこれから先、絶対店舗を増やさないというわけではありません。リアル店舗にしかない良さと醍醐味もあるので、バランスをとって進めていきたいです。
Q. そういった経営感覚はどこで学んだのですか? どなたか、メンターがいらしたのですか?
平井:正直なところ、やりながら探っていったという感じです。特別に勉強したわけではありません。お店をオープンさせる際も書店でノウハウ本を購入して、一つ一つチェックしながら準備を進めていきました。メンターも特にいませんが、強いて言うならシドニーでお世話になった日本人シェフの方に時々アドバイスをいただいています。私は新しいことをやりたいばかりに、つい枠を超えてしまいがちなところがあるのですが、店を続けていくならもっと日常的に食べてもらえるもので、その中の“一番おいしい!”を追求すべきだと、その方はアドバイスしてくださいます。
資金に関しても、ゼロから手探りでやってきました。最初は借り入れやクラウドファンディングなどを利用して小さく始めたのですが、新規事業としてグラノーラを立ち上げた頃、大きな失敗をしました。初めて百貨店に出店させてもらうことになり、材料費や人件費にかなりのお金を投入し、販売も無事終了したのですが、その売り上げが入金されるのは2カ月半後。売り上げは立っているのに現金がない、支払いができない。これが黒字倒産かという危機に直面しました。カフェはその場で現金を回収できますが、製造小売業の場合、そうはいきません。キャッシュフローを見るのがいかに大切か、身をもって学ぶことができました。
Q. 黒字倒産の危機は、どうやって乗り切られたのですか?
平井:最終的には、日本政策金融公庫に駆け込みました。私たちのような小さな企業の場合、メガバンクからお金を借りるのは難しいだろうと考え、まず商工会に足を運んで相談させてもらったところ、そこで日本政策金融公庫を紹介してもらいました。その際、商工会の方が親身になって相談に乗ってくれたので、大変助かりました。創業者にとっては、とても頼りになる存在です。
Q. 現在、何人で切り盛りされているのですか?
平井:正社員が3人と他はアルバイトの方で切り盛りしています。初めは学生20人くらいでやっていたのですが、その中から正社員になってくれたり、インターンから仲間に加わってくれたりして、今のメンバーが固まってきました。現在、私自身は現場から経営の方にシフトしつつあるのですが、現場はスタッフがそれぞれ得意分野を生かして、取り仕切ってくれているので安心です。人材については本当に恵まれているなと感謝しています。
しかし会社も5年目を迎え、そろそろ組織の在り方を見直さなければいけないな、と感じているところです。学生の延長線上できたせいか、これまでは「みんなでいいものをつくろう!」というノリだけでやってきた部分がありました。でも、会社として長く続けていくには、働く人の立場に立って、労働規約や職場環境の整備などを行う必要があります。企業として変わっていかねばと思いますし、実際に抜本的な改革にも取り組んでいます。
Q. そうした思いを抱くようになったのには、きっかけがあったのですか?
平井:社員からの声もありましたし、私自身、結婚という一つの節目を迎え、そういった必要性を強く感じるようになりました。当たり前のことですが労働時間や有給休暇といった基本的なことを整備していかないことには、安心して長く働くことができません。
Q. 今後のビジネス展開について、ビジョンがあったら教えてください。
平井:これまでは、どちらかというとブームをつくることに徹した5年間でした。ブリュレフレンチトーストやドラフトコーヒーにしても、これまでにない新しい価値を創出してきたわけですが、同時にそれを継続していくことがどんなに難しいかを体感した5年間だったと感じています。これからは始めるだけでなく、育てる仕組みも充実させていきたいですね。また、「foru cafe」自体も一度だけでなく、毎日来たくなるような店にしていきたいと思っています。
“カフェ”という業態は日常的なもので、「何かを始めたい」という女性には、とても踏み込みやすい分野だと思います。でも、そこでどう特色を出すかが、継続できるかできないかの分かれ目になってきます。といっても奇抜な特色の必要はなく、重要なのは“分かりやすさ”や“伝えやすさ”です。「foru cafe」の場合、“ブリュレフレンチトースト専門店”という分かりやすいコンセプトがありますが、今後はそれをどう育てていくかが鍵を握ると考えています。
Q. 事業を育てる上での、秘策はあるのですか?
平井:例えば、テークアウトを充実させるのもアイデアの一つだと思います。今、飲食の市場そのものはどんどん下がってきていますが、中食産業は逆に伸びている傾向です。そうした市場の動向を踏まえた上で、テークアウトを充実させ、毎日利用してもらえるお店にすることも大事かもしれませんね。
Q. 離れているからこそ見えてくる広島の魅力やビジネスのヒントがあれば教えてください。
平井:仕事で海外に行くこともあるのですが、世界の中でもHIROSHIMAの認知度は高いと感じます。「平和」と「宮島」には、揺るぎない訴求力がありますね。でも広島を知っている私からすると、もっとフォーカスされるべき強みがあるんじゃないかなとも思います。
例えば、瀬戸内のおいしい食材がその一つ! 地元のカキ祭りなどで、安くておいしいカキを味わってきた自分としては、はやりのオイスターバーで何千円もするようなカキを見るとびっくりしてしまいます。食材にフォーカスした情報発信が意外と行われていないので、全国的には認知度の低い魅力的な食材はまだまだあるはずです。もちろん、ビジネスチャンスの余地も十分にあると思います。
Q. 最後に広島で創業を目指す皆さんへ、応援メッセージをお願いします。
平井:私の場合、就職しないと決めたタイミングで法人に移行し、創業者として「食」の仕事に携わっていく決意をしました。そもそも創業することが正解かどうかなんて、誰にも分からないことです。当時の私にとって、フォルスタイル以上に幸せな仕事は見つけられませんでした。結局のところ、選んだ道を正解だと捉えるのは自分しかいません。これから創業される方も、「選んだ答えがすべて正解」です。勇気を出して、自分の道を切り開いてください。