オーダーメイドスーツなどをD2C(Direct to Consumer)ブランドとして提供するFABRIC TOKYO。店舗でサイズを測定後、自分の好きなタイミングでスマートフォンからスーツを注文できるというユニークなビジネスモデルで成長し、全国に14店舗を展開。中間業者を介さず、工場と顧客を最短ルートでつなぎ、価格を抑えることでも人気を博している。2019年には丸井グループと資本提携し、さらに新しいリテール像を打ち出した事業構想を発表するなど、次代のD2Cモデルを切り開く企業として注目を集めている。ベンチャー企業を経て20代で起業した森さんに、これまでの道のりや将来の事業展開、創業へのアドバイスを伺った。
のめり込めるもの、原体験のあることを事業に選ぶ。
ITやデジタル人材の活用は、全ての業種で必要不可欠。
地方での創業は、グローバルな目線を持って地の利を生かす。
Q. この事業を興したきっかけは何でしょうか。
森:小学校時代、私は2回転校したため地元になじめず、友達もあまりいませんでした。中学生のある日、親が持って帰った雑誌で初めてファッションに触れ、「こんなにカッコいい世界があるんだ」と衝撃を受けました。それ以降、ファッションにのめり込んでいくうちに、ファッションを通じて友達ができ、打ち込めるものがあることで自分に自信が付きました。こうした経験から、ファッションは人生を前向きにするきっかけをつくるものであり、将来、事業を始めるならファッション関連の仕事をしたいと、学生時代から思っていました。
オーダーメイドスーツという事業を選んだのは、不動産業界で働いていたとき、忙しくてなかなかスーツを買いに行けなかったからです。たまの休みに買い物に出掛けても、身長が高く腕が長い私にはぴったりのスーツがなく、買えずに帰ることが多々ありました。そんな時、背丈の似た友人がカッコいいスーツを着ていたので尋ねると、「オーダーで作った」と言うのです。今までオーダーメイドは私にとって遠い存在で、価格も敷居も高いイメージがありました。そこで、友人に連れて行ってもらってスーツを仕立てたら、意外と高くない。しかも、その過程がすごく楽しい。ただ、敷居はやっぱり高いと感じたので、インターネットを使って手軽に買えるサービスをつくろうと思い立ったのです。
Q. 最初はインターネット販売でしたが、店舗を展開した経緯は?
森:もともと100%インターネット販売に、こだわっていたわけではありません。創業前の事業計画からリアル店舗の構想を盛り込んでいました。最初はインターネットを主戦場にすることで、固定費を抑えて手頃な価格で提供し、お客さまにより気軽に体験していただきたいと考えたのです。でも、インターネットだけで洋服を買うのは不安ですよね。サイズが合うか分からないし、素材感や着心地も分からない。でも、自分が信頼しているブランドや過去に経験している店のものであれば、インターネットで買うハードルが下がります。
実店舗のきっかけとなったのは、ある日お客さまから「仕事帰りに採寸に行きたい」というお問い合わせでした。「自分で採寸するのが難しいので、プロにやってもらいたい」と。そこで、雑居ビルのオフィスに来てもらって採寸をしたら、お客さまはすごく喜んで「これで安心してネットで買えます」と言ってくれました。その後、WEBサイトに「オフィスで採寸する」というボタンをつくると、そちらばかり押されるようになったことから、ニーズを感じ取り、予定よりも早く店舗を出す方向に舵を切りました。2015年11月に初めてポップアップストアをスタートし、2016年1月には渋谷に小さな路面店を出しました。
Q. リアル店舗は、順調に売り上げが上がったのですか?
森:インターネットで事業展開をしていた人間ですので、リアル店舗の運営には苦労しました。思った以上にお客さまは増えないし、オンラインとオフラインをうまくつなげるためのノウハウがなくて、手探りの状態が続きました。お客さまからもWEBサイトと店舗の店員の言うことが違うというお叱りもよく受けました。それらを一つ一つ整備していくと、店舗を経験したお客さまは、オンラインだけで完結するお客さまに比べてリピート率が2倍、さらに単価も2倍に伸びました。店舗では質のいい生地を選ぶお客さまが多く、店員に勧められたパンツやシャツなどの併売も増えたのです。店舗を出すことで、アップセルとクロスセルの両方が機能し、店舗も14店舗まで広がりました。この1年はコロナ禍で、緊急事態宣言中は店舗を閉じ、時短営業をしたので、事業計画通りには進みませんでしたが、お客さまへの提供価値やお客さまの反応などは、ほとんど最初のイメージ通りです。
Q. デジタル化で時代が大きく変わっていく今、何が必要でしょうか。
森:大きく二つあります。一つは、日本の小売業界にはデジタルトランスフォーメーションが待ったなしということです。世の中が不景気だと言われていますが、テクノロジーを活用している会社はどこも売り上げを伸ばしています。私の会社も昨対比プラスです。ITを主軸に事業の強みを持っている会社にとって、今は大きなチャンスです。半面、過去の成功体験をもとにITを進めてこなかった会社は、このコロナ禍で一気に壁に当たっていると感じています。
もう一つは、組織のデジタル化です。日本は他の先進国に比べてデジタル人材がすごく少ないのが課題です。年功序列の組織は、入社していきなり活躍できる環境がなく、組織にデジタル人材を実装できないのです。私の会社はIT人材の比率が高く、エンジニアを内製化しています。ですので、アパレル会社ではなく、アパレルテックカンパニーとカテゴライズされると考えています。IT化に課題が多いアパレル業界ですが、ITを駆使することで顧客ニーズを取り込み、業績を伸ばしていくチャンスがいくらでもあると考えるのは、合理的な判断ではないでしょうか。
Q. 今後のビジネス展開を教えてください。
森:私たちは小売りの会社であり、アパレルの会社でもあり、ITの会社でもあり、ユーザーエクスペリエンスを提供するサービスカンパニーでもあります。私たちの事業はD2Cブランドと言われますが、今後はその先の「RaaS (Retail as a Service) 」を成長戦略として重視したいと考えています。洋服は買って終わりではなく、買うことからスタートするという考え方です。洋服を買って、着て、コーディネートを考えてもらって、ダメージがあればお直しをしたり、買い替えたり。そういったことも含めた、洋服の体験をサービス化する事業をスタートさせ、今後この分野に注力していこうと思っています。具体的には、2020年に初めてのサブスクリプションサービスとして「FABRIC TOKYO 100」をリリースしました。月額制の有料会員になれば、洋服の利用に関するさまざまなサービスが受けられるというもので、買い物をしてくださったお客さまにとってプラスアルファのサービスを提供します。クラウドで管理されたデータにより、必要な時に必要なアイテムを届けるという、今までにない新しいショッピング体験も将来的に実現させ、アップデートされたライフスタイルを創造したいと考えています。そのほか、不要な洋服を回収し再利用するサーキュラーエコノミー構想など、ファッション産業と地球環境を守る新たな取り組みも推進していきます。
Q. 創業を目指す方へアドバイスをお願いします。
森:自分の挑戦したいことや、世の中のためにしたいことなどへ、純粋にチャレンジしていく人が増えたらいいなと思います。それが先進国に生まれた私たちの義務であり、責任であると思うんですね。といっても、社会貢献を背負うという難しいものではなく、自分が興味のあることや実現したいことへ、素直に挑戦すればいいのではないでしょうか。
私は洋服が大好きですが、世の中で洋服が過小評価されていることが残念でたまりませんでした。毎日、お気に入りの洋服を着られたら、毎日がすごく前向きに楽しくなります。洋服は幸せをもたらし、笑顔をつくります。コミュニケーションの道具であり、友達を増やすきっかけにもなります。そんな洋服の力を信じて、洋服という観点から世の中に貢献していきたいと考えています。
Q. 広島の市場としての印象は?
森:私は岡山県出身なので、しゃべる言葉や気候、風土が似ている広島にはとても親近感を覚えます。また、新商品を広島でテストして全国展開する企業も多いので、消費者の感度が高いというイメージですね。創業支援が活発に行われているという話も聞いていますので、広島発ベンチャーや広島をきっかけに事業を大きくしていく企業が、今後出てきてもおかしくないと感じています。将来的には、私の会社も広島に進出したいと考えています。まずは店舗で、その後、配送センターやカスタマーサポートなどを広島に新設して支店をつくる可能性もあります。人口も多いし、大学が多くて教育水準が高いと思うので、人が採用しやすく、支店をつくりやすいイメージがありますね。
Q. 広島をはじめ、地方で創業するポイントは?
森:「インターネットの時代だから、世界中どこにいても事業を起こせる」というのは大きな勘違いだと思います。結局、事業をつくるのは「人」なんですね。起業家と従業員です。起業家やスタートアップで働く人たちのコミュニティーがとても大切で、東京にはそのコミュニティーがたくさんあります。東京にいると、新規上場の経験がある経営者と会える確率は非常に高く、私も毎日のように会って話しています。広島県にはどういう起業家がいて、スタートアップに従事しようとしている人がどれぐらいいるのか。将来的に広島県を日本のシリコンバレーのような環境にしていくためには、こうしたコミュニティーの質と量を増やしていくことが重要ではないでしょうか。
その地域ならではの地の利を生かした事業をつくることも良いと思います。例えば、広島県はデニムが有名で、ユニクロさんや世界の有名ブランドでも使われていますよね。豊富な水や広い工場を建てられる土地がある地方ならではの地の利は、東京には決してありません。それを利用して、新しい付加価値を付ける。単なる下請けにならず、その地域でしか成り立たないようなスモールビジネスでもなくて、あくまで目線はグローバルに、その地域の利を生かすというのが一番いいのではないかと思います。