今やインターネットでの買い物は、オンライン決済が当たり前の時代だが、実際の店舗で買い物すると、カードに対応していない店も意外と多くある。従来のカード決済は、機械の設置費用が高額で、小売店の手数料負担も大きいため、個人経営のお店では導入しにくいのだ。そこで誕生したのが、佐俣さんたちが提供する新しい決済サービス「Coiney(コイニー)」である。スマホやタブレットとCoineyターミナルを接続するだけで、お客さまのクレジットカードを読み取ることができ、カード決済を行える。初期費用は実質0円で、月額費用も不要。手数料も低く抑えられているため、これまでカード決済に躊躇していたお店でも導入しやすくなっている。本格的なキャッシュレス時代の到来を予感させる画期的サービスだ。
広島は、仮説を立ててビジネスを検証するのに、ちょうどいいサイズ。
ものづくりはどこでもできるし、情報のやり取りもそれほど差はない。
県を挙げて創業者を応援している状況を活用すべき。
Q. 創業前のキャリアもとてもユニークですが、最初から創業を想定して働いていたのですか?
佐俣:そういうわけではないのですが、やりたいことを探しているうちに、自然と創業に近い場所にいたのかなと感じています。大学時代は周りの人たちの影響でベンチャーキャピタルに興味を持つようになり、就活では内定をいただいたのですが、ふと「ベンチャーキャピタルって新卒が行くところかな?」という疑問が生まれました。そこでいろいろな会社を見るため、休学して東京のベンチャーキャピタルなどで、インターンとして働きはじめました。
インターン先でようやくインターネットの世界と出合い、シリコンバレーという言葉を知ったのもその時でした(笑)。アメリカのベンチャーキャピタルの投資先を調べていると、シリコンバレーという地名がやたら出てくる。これは行ってみるしかないと思い、mixiで“シリコンバレー”で検索をかけて、出てくる人に「来週そちらに行くのですが、よろしければランチをご一緒させていただけませんか?」といったメールを送りました。今思うと、ずいぶんご迷惑をおかけしたと思います。
Q. すごい行動力ですね。これから創業される方もそれくらいはトライした方がいいですか?
佐俣:いや、そんなことはなく、私はただそういうのが好きだっただけです。創業前に話をうかがった方々の中には、広島県知事になる前の湯﨑さんもいらっしゃいました。高校の同窓つながりでお会いして、「この人に会うといいよ」といろんな方をとても親切に紹介していただきました。すごくありがたかったです。
手探りしている時期に、いろいろな方と会うことは大事ですが、こちらからももっと提供できるものを用意しておくべきだったと後になって思いました。時間をいただく以上、give & takeがあってしかるべき。これから創業される方が同じような時間のいただき方を先輩方からされる場合は、その部分を意識して、お話を聞きに行った方がよいかと思います。
当時会ってくださった方の中には、AppleやGoogle、Yahoo!、eBayなどの会社の方もいらしたのですが、みんな面白い人ばかりでした。「インターネット業界で働く人って、キラキラしていて楽しそう。自分もインターネット産業に身を置きたい」と感じるようになったのは、あの時シリコンバレーに行ったから。やっぱり行ってよかったなと思います。
Q. その後、米国PayPal社の日本法人立ち上げに携わったわけですね。
佐俣:そうです。ご存知の方も多いと思いますが、PayPalという会社は、オンライン決済の先駆者です。PayPalを使えば、ネット上で安全にかつ低料金で、国内外の支払い決済や海外送金が可能です。そういう会社で決済の事業に携わってから、日本の決済は遅れていると感じるようになったんです。だからこそ、「ここにチャンスがある」と思うようになりました。
そこで思い付いたのがCoiney(コイニー)です。オンライン決済ではPayPalなどのサービスが台頭したものの、リアルの決済に目を向けるとまったく新サービスが出てきていない。これは面白いのではないかと思い、どうせなら自分でやってしまおうと、会社を退職しました。もちろん、会社の中で立ち上げるという選択肢もありましたが、当時はリアルの決済に注力する状況には見えませんでしたし、上司を説得して事業を起こさせるよりは、自分でやった方が早いと思ったのです。
Q. 創業前にうまくいく見込みはありましたか? 苦労も多くありませんでしたか?
佐俣:うまくいくかどうかは、そんなに深く考えていませんでしたね(笑)。とはいうものの、日本のカード決済の仕組みも分からなければ、誰に頼んでいいかも分からない。退職後はしばらく家でゴロゴロしていました。個人でベンチャーキャピタルをやっている夫には、「そんなので事業が立ち上がるわけがない!」と心配されたぐらいです。
立ち上げの苦労というと、やはり信用面です。私たちのビジネスの場合、カード会社というパートナーがどうしても必要です。しかし私たちには信用してもらうための「経営陣」「サービスの安全性」「資金力」といったものが何一つありませんでした。経営陣は当時28歳の私一人ですし、サービスもまだ出来上がっていない。資金力もありませんでしたから、話はなかなか進展しませんでしたね。
Q. ではどうやって、その信用を獲得していったのですか?
佐俣:まず経営陣ですが、当時サイバーエージェントを辞めたばかりの西條晋一氏に、取締役に加わってもらいました。当時、米国から帰国したばかりの西條にいろいろな方が声をかけていたのですが、皆さん、「ひまだったら手伝ってくださいよ」と遠慮がちのオファーばかりだったようです。ところが私たちは真正面からぶつかっていった。西條にとっては新鮮だったのかもしれませんね。
資金に関しては、もう大変でした。そもそも設立時の私は、会社の登記のことも詳しく知らなくて、資本金は適当に30万円でつくりました。ところが1カ月過ぎてオフィスの家賃とデザイナーへの給料を払うと、いきなりゼロ。「来月からどうしよう?」といった状況でした。その後、どうにか2000万円、7500万円と調達し、リリースまで何とか乗り切りました。とにかく創業してから1年半ぐらいは、ずっとお金がありませんでしたね。結果的に、西條が加わったあとに、13億円を調達しています。
とはいえ投資家との交渉に関しては、常に断られることを前提にしていました。そうでないと心が折れてしまうのです(笑)。でも、これは社長としての大切な仕事なんですよ。「資金調達」と「プロダクトをつくる」ということは別の仕事! 私自身、ものづくりが好きだったので、最初はプロダクトをつくることに気を取られがちだったのですが、一人で全部をできるわけじゃない。だから今では割り切って、社長業に専念するようになりました。これから創業を考えている方にアドバイスするとしたら、せめて半年分から1年分の資金を準備しておくことをお勧めします。その方が精神的にもゆとりが持てますし、きちんとサービスに向き合えます。資金調達は、言い換えれば信じてくれる人を探す旅のようなもの。10年近い付き合いになるので、できるだけ相性のよい方を選んだ方がいいでしょうね。
Q. ところで、佐俣さんから見た故郷・広島はどんなマーケットですか?
佐俣:サイズ感がいいですよね。例えばCoineyというサービスをリリースする際、私たちは東京近郊のショップオーナーのような人たちが、主なユーザーになると思っていました。ところが蓋を開けてみると、積極的に導入を考えてくださったのは、意外にも地方の方が多かったんです。地方の病院や工務店、自動車整備工場などといった、思いがけないユーザーでした。東京の場合、これだけ市場が大きくニーズも多様化してくると、マーケットの傾向を読み違えることがしばしばあります。その点、広島という都市は、仮説を立ててビジネスを検証していくのに、ちょうどいいサイズ感だと思います。なにより県を挙げて創業者を応援しているというのがうらやましい。そこが、東京との大きな違いです。
Q. では、佐俣さんの会社が広島に本社を移してもやっていけますか?
佐俣:やっていけないことはないと思います。ものづくりはどこにいてもできるし、情報のやり取りもそれほど格差はありません。ネックになるとしたら、人材の確保でしょうか。創業する際、人探しに関しては知人の紹介を受けたり、ホームページで見つけた方に直接コンタクトを取ったりして、常に行っていましたが、その方たちは皆さん東京近郊の方ばかりでした。そんな東京でもエンジニアが取り合いになっていますが、地方の場合もやはり人材の確保が重要になると思います。でも同郷の友人たちと話していると、「いつかは広島に帰りたい」という声がよく出ますよ。
Q. 最後にこれから創業される方に勇気が湧くひと言をお願いします。
佐俣:創業って見方を変えると、一緒に働く人を選べるということでもありますよね。この点はどこかの会社に就職するのとは大きく違うところです。誰と働くかを選べるなんて、創業した人だけの特権です。好きな人に囲まれて仕事ができると思うと、これってすごくぜいたくなことではないでしょうか。
ただし、仲間と共同で出資する場合も多いと思いますが、創業株主が辞める際に株式を買い戻すといった創業株主間契約書を交わしておくことが重要です。後々、問題になることもありますので、最初に作成しておくことをお勧めします。