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独自の視点で読み解く㉑

感覚を可視化する技術との出会い
「株式会社 nu.」

「圧電組紐センサー※1」の社会実装を目的に設立された「株式会社 nu.(ヌウ)」。代表を務めるのは、「横川まちの芸術祭」や「Pride of Hiroshima展」など、アートや地域活性化の分野で数々の企画・運営に携わってきた今田雅さんです。
「企業に属しながら会社を設立する」という新しい働き方でも注目される今田さんは、広島県が運営するイノベーション・ハブ・ひろしまCampsのプログラム「PANORAMA※2」で最優秀賞を受賞しています。会社設立の経緯や活動の原動力、今後の展望などを伺いました。

※1 圧電組紐センサー
圧電性高分子繊維(PLA)を日本の伝統工芸「組紐」の技術で編み上げた、柔らかい紐状のセンサー。引っ張りやねじりなどの動きで電圧を発生し、運動検出やバイタル検出を可能にする。布への縫い付け・織り込みもでき、布本体がセンサーの働きを持つ。実装事例はヘルスケア用の睡眠マットレスや、嚥下機能を測定できる首用サポーターなど。

※2 PANORAMA
新しいビジネスアイデアの創出や事業拡大を応援するプロジェクト。

株式会社nu. 代表取締役 今田雅さん

広島市出身。北九州市立大学で建築学を専攻し、株式会社ユニバーサルポストに入社。企画営業職として働きながら、企業や地域、教育機関などをつなぎ、さまざまなプロジェクトをマネジメントするメディエイターとしても活動する。2024年12月、株式会社nu.を設立。共同出資者である関西大学・田實佳郎教授の開発による「圧電組紐センサー」の社会実装に向けた取り組みを進めている。
https://www.nuu-nu.com/

表現と技術をつなぎ、新しいものへ

  • 記者 いろいろな実績をお持ちですが、今田さんの活動の原点から教えてください。
  • 今田さん 大学時代、「クリエイティブ産業による地方都市の活性化」をテーマに研究を進めていました。そこで、芸術、デザイン、メディア、エンジニアリングなどをクリエイティブに発展させるためには、複数の領域に関わりながらそれらをつなぎ、新しい価値を生み出す「メディエイター」という存在が不可欠なことを知ったんです。私も将来はそこを目指したい。そのためには、会社に籍を置くことも、市民団体の一員として地域活動に従事することも、両方必要だと思いました。だから、入社当時から多方面の方と交流してアイデアやヒントをもらい、自分がやりたいことに生かしてきました。
  • 記者 本業は会社員ですが、勤務先から活動制限などはありませんか?
  • 今田さん 基本的に副業や個人事業OKの会社です。社会貢献性がある活動は応援するし、社内で得られないスキルを外部で身に付けて還元してほしいというスタンスなので、自由に動き回っています。
  • 記者 nu.設立もこれまでの活動の延長線上にあるんですね。
  • 今田さん そうなんです。nu.は「圧電組紐センサー」を用いた事業拡大のために設立した会社ですが、このセンサーの開発者である関西大学の田實教授とも、先生が広島県の事業に関与される中でたまたまお会いしました。その頃の私はアート関係の企画・プロデュースに行き詰まっていて、クリエーションの限界を感じていたんです。
  • 記者 クリエーションの限界とは?
  • 今田さん 人間の五感に響く豊かなものを提供したいのに、表現できるものは視覚や聴覚に限られていて、もどかしく思っていました。AIは急速に発展していきますが、人間とAIを比べた時、人間にしかないものは「身体」ですよね。何かに触れた時の刺激を感知できるのも身体があるからこそ。その感覚を可視化することにも興味がありました。
    そんな時に田實先生とお会いして「圧電組紐センサー」の話を聞いて、身体的な動作や感覚をデータ化できる点に可能性を感じたんです。先生も、芸術やエンタメ分野へ技術を活用することに賛同してくださいました。

生地に縫いつけられるほど細く柔らかく、微小な振動から大きな運動まで計測できる圧電組紐センサー。

応援の「盛り上がり度」も視覚化!

  • 記者 「圧電組紐センサー」を使った具体的なプロジェクトは?
  • 今田さん サンフレッチェ広島に協力してもらい、応援の熱量を可視化する実証実験を行っています。サッカー観戦ってタオルを振って応援しますよね。そこに着目して、センサーを縫い付けたタオルをパブリックビューイングの会場で100枚配布しました。観客がタオルを振ると、その強さや回数がオンライン送信されて、応援のパワーがデータ化されるという仕組みです。タオルを使った応援が盛り上がるほど、ビジョンにサンフレのマスコットが増えるという仕掛けもあるんですよ。将来的にはスマホなどのデバイスと連動させて、どこにいても応援のパワーが届くシステムを完成させたいです。
応援が盛り上がるとスクリーンに映るマスコットの数が増える

応援が盛り上がるとスクリーンに映るマスコットの数が増える

  • 記者 観戦場所が違っても、誰かとつながって応援の興奮を共有できるんですね。
  • 今田さん SNSでつながるのとは違う、身体的感覚や直感でつながりあう世界観を目指しています。デジタル技術はどんどん発展しますが、やっぱり五感が備わった人間本来の身体性を大事にしたいし、そこに新しい価値を見出したい。そのための触媒が「圧電組紐センサー」なんです。
ハクセンシオマネキの生命のリズム

ハクセンシオマネキの生命のリズム

事業化は、協力者がいたからこそ

  • 記者 会社の設立や事業化に苦労はありましたか?
  • 今田さん 私の場合、いろんな活動をする中で出会いに恵まれ、アイデアが生まれ、それが事業の芽になっています。会社を設立したのは、事業の展開が個人では難しい局面になったためですが、設立後の方が苦労は多いです。事業を進めるだけでなく、想像以上にやることがたくさんあります。
  • 記者 どんなことに時間を割かれますか?
  • 今田さん 例えば、助成金申請のための提出書類をまとめるだけでも大変です。手が足りないと感じることがけっこう多いので、いずれはスタッフを雇いたいです。ただ、私の周りには頼もしい協力者やメンターがたくさんいるんですよ。自分の力だけでは及ばないこと、専門的すぎて分からないことなどは、随時彼らに相談しています。
  • 記者 協力者やメンターとはどのような方ですか?
  • 今田さん 広島県のイノベーション創出プロジェクト「RING HIROSHIMA」に挑戦者として参加した時に、セコンドとしてサポートしてくれた人をはじめ、その人の紹介からつながったコンサルタントや士業の方々です。ほかにも、ビジネスに共感して協力してくださっている方が県内外にいます。人が人を呼んで、とんとん拍子に事業化できたという感じなんです。
  • 記者 周囲の支援者がいないと、ここまで来られなかった?
  • 今田さん そう思います。起業できたのは伴走者がいたからこそ。ただ周りの協力を得るには、自分がどんな軸を持って活動しているかを、熱く具体的に語っておくことが大事。その内容が明確であれば、協力者は自然に増えていくと思います。それと「アドバイスをもらったら、すばやく実行に移してブラッシュアップを重ねる」。これをいつも心掛けています。

「他力」に頼ること、楽しんで活動すること

  • 記者 現在取り組んでいること、今後の目標を教えてください。
  • 今田さん 事業を継続していくには資金が第一なので、投資家の方と話し合いを重ねたり、県内外のスポーツチームとの交渉・準備を進めたりしています。2025年秋以降のスポーツイベントで、応援可視化の実証事業が決定した案件もいくつかあります。
    当面の目標は、誰もが持っているスマホに「圧電組紐センサー」と連動したアプリが当たり前にインストールされること。それと先の話になるかもしれませんが、もともと興味があった教育や観光分野にこの技術を応用して、さらに発展させていけたらなと思っています。
静岡ブルーレヴズLTS presentsよつばマッチデーで応援タオルを実証実験(2025年3月)

静岡ブルーレヴズLTS presentsよつばマッチデーで応援タオルを実証実験(2025年3月)

  • 記者 これから起業する人へのアドバイスを。
  • 今田さん 「自分には無理かもしれない」とか「絶対に成し遂げなければ」とか深刻に考えないことです。困った時は強がらずに「他力」にも頼って、楽しみながら活動することが一番だと思います。
    今後は私のように、会社に勤めながら起業する方が増えるかもしれませんが、可能であれば、職場の仕事と個人の事業をきっちりカテゴリー分けせず、適度に混ぜて同時進行させられると相乗効果があると思います。新しく取り組むときって、自分で制限を設けすぎると苦しくなります。あえて鈍感でいる方がうまく回ることって多いんですよ。



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