独自の視点で読み解く⑳
大学発の画期的メモリ技術で世界を変える
「株式会社マテリアルゲート」
コンピューターが生み出す膨大なデータ処理と、それに伴う消費電力の削減は、大きな社会課題となっています。それらの課題を「素材の力で解決する」をミッションに、2023年、広島大学発のスタートアップである株式会社マテリアルゲートは設立されました。広島大学の西原禎文教授が世界で初めて開発した「単分子誘電体」は、室温において単一分子に情報を記録できる全く新しいメモリ材料です。当該材料を実装した「単分子誘電体メモリ」は、従来のメモリに比べて約1000倍の高密度化と、約90%の消費電力削減が期待できます。その技術を用いて創業した代表取締役社長の中野佑紀さんと、2025年の1月から最高執行責任者として仲間に加わった伊勢賢太郎さんに、大学発ベンチャーの課題や今後の展望についてお話をお伺いします。
株式会社マテリアルゲート
代表取締役社長 兼 CEO / MBA (経営管理修士)
中野佑紀さん(写真左)
大阪府出身。広島大学卒業後、国内化学メーカーに就職し、研究開発と技術営業に従事。大学生時代の恩師である西原禎文教授とともに、大学発スタートアップである株式会社マテリアルゲートを設立。
COO(最高執行責任者)
伊勢賢太郎さん(写真右)
大学卒業後、銀行へ入社し資金調達や産学連携支援業務に従事。知財ライセンス活動や企業連携支援に携わる。大学発スタートアップを経験後、2025年1月より株式会社マテリアルゲートのCOOに就任。
広島大学の恩師と開いた創業への道
- 記者 まずは創業の経緯からお話をお伺いしてもよろしいでしょうか。
- 中野さん 私は母校が広島大学で、理学研究科で西原教授に指導していただいていました。卒業後は、出身の大阪に戻って国内の化学メーカーに就職し、研究開発や事業開発に携わっていました。そして数年後、連絡を取り合っていた西原教授と「研究成果が実用化できそうだ。一緒に大学発ベンチャーを立ち上げよう」という話になりました。
- 記者 昔から創業に興味があったのですか?
- 中野さん 実はそこまで強い関心があったわけではないんです。メーカーで仕事を続けながら、「新技術を最初から立ち上げる経験をしたい」という思いはあったのですが、大企業の中だとタイミングが合わないと難しいんですよね。材料系の開発は10年、20年かかるのも普通ですし。西原教授とのお話がなかったら創業はしていないと思います。ちなみにこの話をする時、西原教授とはお互いに「え?そっちが誘ったんじゃなかったっけ?」なんて話になります(笑)。
- 記者 どちらが誘ったかというのは、誰かと何かを興すときの「あるある」かもしれませんね(笑)。本日は伊勢さんも同席されていますが、どのような形で合流されたのでしょうか?
- 伊勢さん 私は銀行や大学の産学連携部署で働いた後、2019年に別の大学で、大学発スタートアップに携わりました。そして営業活動をしている中で、メーカーで働かれていた中野さんと知り合いました。そこからは3年くらいタイミングが合わず、別々に動いていました。
- 中野さん 実は大学発スタートアップの経験がある伊勢さんには、昔からたくさんお話を聞いていました。経験ある伊勢さんの意見はとても参考になり助けられましたね。
事業の立ち上げで気を付けること
- 記者 経験ある伊勢さんがいらっしゃるのは心強いですね。その経験から、事業の立ち上げで気を付けるべきことを教えていただけますか?
- 伊勢さん そうですね、株主間契約をきれいにしておくことだと思います。経営は全責任を負う人が必要です。特に大学発ベンチャーでは、研究成果をいかに事業化するか、という点で考えると、「ビジネスの知見がある人が経営を行う」「研究分野は研究者が行う」といったように、きっちり役割を分けることが重要だと思います。
- 中野さん 私もそう思います。大学の先生が株主として入ることは一般的ですが、経営にフルコミットするのかどうかは別問題です。当社は先生に株主として入っていただいていますが、経営は私たちが責任を負う形で分業しています。アカデミックな研究と、マーケットニーズを踏まえた事業化はかなり違いますので、そこで線引きを明確にするのが大事だと考えました。研究者としては「すごい新発見をする」がゴールですが、企業は「売れるものをつくる」がゴール。そのギャップは、きちんと最初に整理しておく必要があります。
- 伊勢さん 私が前のスタートアップで苦労したのも、まさにそこでした。研究に重心を置きすぎるとビジネスとしては方向がずれる。誰が決定権を持ち、責任を負うかを最初に決めておかないと大変になってしまいます。あちこちの大学スタートアップが、同じ壁に当たっていると思います。
- 記者 大学発ベンチャーに限らず、研究者の知見とビジネスを掛け合わせる時のポイントですね。いろいろな人が関わるなら、役割を明確にすることが大切かもしれません。他にも資金調達やさまざまな交渉も大変そうですが、実際はいかがでしたか?
- 中野さん 資金面は、意外と苦労しなかったんです。また、研究場所も広島大学のインキュベーションルームですので、経費を抑えながら進められています。あと交渉ごとでいうと、ベンチャーならではのスピード感を重視しています。
- 記者 それはどういう交渉ですか?
- 中野さん 分かりやすく例えれば「今日決めてくれたらこの条件でいきます」みたいなことです。普通の会社員なら「一度持ち帰って上司と協議」となりますが、ベンチャーでは意思決定者が直に交渉することが多いので、即決できるんですよ。そのスピード感は大きな武器になっていると思います。
- 伊勢さん 中野さんはとても親しみやすい雰囲気を持ちながら、いざというときには思い切った行動もできますね。人当たりは良いけど、大胆な交渉もできる。そのバランスが絶妙なんです。
- 記者 スピード感を持った交渉力は、経営者にとって大きな武器ですね。
半導体業界へのインパクト「単分子誘電体」
- 記者 ここからは御社の技術について教えてください。「単分子誘電体」という特殊な技術をお持ちとのことですが、どのようなイノベーションが起こるのでしょうか?
- 中野さん 簡単に言うと、私たちが目指すのは「超低消費電力・超微細化」のメモリをつくることです。今の半導体業界は、どんどん微細化を進めて1ナノメートル級の領域へ向かっていますが、限界が近づいています。電気のプラスとマイナスを利用して0または1を記録するメモリ方式も、微細化により消費電力を下げてきたものの、やはり限界が近づいています。そこで私たちは、単分子誘電体を用いて0または1を記録させ、かつ微細化も実現できるという技術を開発しています。その実用化が進めば、現状のメモリと比べて消費電力を9割以上下げられる可能性があります。AIの大規模計算や、データセンター、クラウドサーバーなどの電力消費問題も解決に近づくと考えています。
- 記者 コンピューターは、今や私たちの生活の基盤になっていますので、大きなインパクトになりそうですね。では、実際の製品化や開発スケジュールも含め、今後の展望をお聞かせください。
- 中野さん まず半年後には試作プロセスを回して、メモリチップを一度作ってもらう予定です。外部のメーカーに製造を委託して、当社が材料やプロセスレシピを提供するというファブレス方式です。単分子誘電体の技術では、高品質な膜の生成を確立しないと意味がないので、そこを最優先で進めています。試作品を評価しては改良するというサイクルを何度か回し、2年ほどで完成させるイメージです。
- 記者:2年後がとても楽しみです! その後は何か目標はありますか?
- 中野さん:メモリチップを完成させるのが直近の目標ですが、実はその先があります。メモリを扱っていますが、当社の社名には「メモリ」の文字を入れていません。というのもメモリを超えて、新しい材料産業そのものを創出できればと思っているからです。材料というのは地味に見えるかもしれませんが、最先端技術を支える重要なファクターです。例えばバッテリーやセンサーなど、低消費電力が求められる分野は無数にありますし、単分子誘電体の可能性はまだまだ広がっています。広島大学の成果が世界を動かすという前例をつくりたいですね。
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