独自の視点で読み解く⑲
「Teto teto」
三次市の中心部から車で30分ほど南下したところにある上田町。山々が折り重なり、清流が流れ、田や畑が点在する里山の風景が広がります。星が近くて、秋には雲海が見られることでも有名な町です。2021年、「里山の風土・文化・技術を次世代につなぐ」と始まったのが「Teto teto」。「人とのつながりから生まれる優しさや、あたたかさを大切に」という思いを込めて命名されています。
Teto tetoでは、「ほうじ茶シロップ」「深蒸し煎茶」「ほうじ煎茶」「はぶ草茶」を製造。上田町にある茶畑や耕作放棄地を活用して栽培し収穫したお茶を使い、商品づくりに励んでいます。
2025年1月には新商品を販売開始。ストーリー性を大切にし、パッケージも再ブランディングして、広島の里山の優しい味を全国の人に楽しんでもらえる商品にしたいと意気込んでいます。今回はその代表者である延原真由子さんにお話を聞きました。
Teto teto 代表 延原真由子さん
広島市出身。三次市上田町在住。自然豊かな里山や茶畑の風景にひかれ、田舎での子育てを選択し、当時暮らしていた大阪から移住。4児の母。2021年に仲間と共に「Teto teto」を結成した。ひろしま『ひと・夢』未来塾の第7期生で、起業準備コースで最優秀賞を受賞。
https://tetotetotea.official.ec/
里山へ移住し創業
- 記者 創業に至った経緯を教えてください。
- 延原さん もともとお茶で創業しようと思っていたわけではありません。里山や茶畑の風景がすごく好きで三次市の上田町に移住してきたのですが、高齢化が進み、移住の決め手となった美しい茶畑も、後継者問題でなくなるかもしれないという課題に直面して、じゃあ自分がやるしかないと思いました。自分の仕事がここにつくれて、子育てをしながら働けて、地域のためになり、地域の維持にもつながるという循環が自分の中でしっくりきたのです。せっかく山里に移住したのに、片道30~40分車で走って仕事をして、帰ってきたらこの風景を楽しむ時間がない。そんな自分の暮らし方を見直していた時期で、「この町に、小さくてもいいので仕事をつくろう」というスタートだったので、入り方が一般とは違うかもしれません。
- 記者 延原さんが三次市上田町に来られた経緯は?
- 延原さん 高校卒業まで広島市に住んでいて、大学進学で関西に出てそのまま就職、結婚しました。子どもを妊娠した時に、田舎で子育てしたいと思ってマッチングしたのが三次市でした。最初は三次市の中心部に住んでいたのですが、自然の中で子どもを自由に遊ばせる場所を探していた時に出会ったのが、私たちの移住のきっかけとなった「NPO法人ほしはら山のがっこう」です。そこで上田町の方々と交流し、田舎での暮らしを体験させてもらい、とても美しい里山の風景にも心をひかれました。町の人が「よう来た、待っていた」みたいな感じで話しやすかったので、ここに移住を決意。気が付けばもう13年です。
ほしはら山のがっこう
- 記者 商品開発はどのようにされたのでしょうか?
- 延原さん 私が創業を考えていた頃、はぶ草茶(野草茶)の生産グループさんから、高齢化のため、栽培と製造を引き継いでほしいと相談があったのです。そのお茶は伝統的な作り方をしていて、すごく味がいいと評判で、近くの里の駅や直売所の人気商品でした。とても良い機会だと感じたこと、そしてちょうど4番目の子どもを保育所に預けられるタイミングだったことも重なり、創業を決意。ただ、はぶ草茶だけでは収入もわずかで、せっかくなので他に何かできないかと考えていました。そんな時に、貞野製茶園のお母さんから「ほうじ茶が余っているから、何かつくってみんさい」と言われて、地域のお母さん2人をお誘いしたのです。私を含めて3人とも移住者で、仕事を控えて子育て中でした。ホームページを検索して「ほうじ茶シロップ」を見つけ、3人のうち料理の得意なメンバーが試作担当を引き受けてくださり、ほうじ茶シロップを開発。ちょうどコロナ禍でしたので、「自宅で簡単に本格的なほうじ茶ラテが楽しめる」をコンセプトに掲げています。私は営業許可や食品衛生などの制度的なことを担当し、三次市の女性応援プラットフォーム「アシスタlab.」、広島県主催の「ひろしま『ひと・夢』未来塾」でも学ばせてもらいました。いろいろなことを同時に進めて、2021年10月、ほうじ茶シロップが完成したのです。
地域の魅力を再発見し、特産品開発へ
開発中の試作品
- 記者 事業は順調に進んだのですか?
- 延原さん 売上金額もそんなに大きくないし、大量生産ができるわけでもないので、まずは私の個人事業としてスタートしました。2・3年たって、ほしはら山のがっこう体験スタッフの釣井さんや、林業に造詣の深い方などに手伝っていただき、2024年5月からは、茶摘みから簡単な緑茶や和紅茶をつくる体験事業も行っています。この事業でかなり認知度が上がったと思います。
以前、お茶の栽培はすべて貞野さんご夫妻がやっていらっしゃったのですが、2024年から一部の茶畑を借り、貞野のお父さんから指導を仰ぎながら、お茶の栽培も行っています。まだ見習いみたいなものですが、ゆくゆくは全部の茶畑を使わせてもらえるように、ゆるやかに移行中です。皆さん「里山を残す」「生き物の育つ場所づくり」「お母さんが働ける場所づくり」など、それぞれのキーワードに共感してつながった仲間です。ご縁に助けられています。
お茶の製造工場(写真右は釣井さん)
- 記者 経営者として重視されたポイントは?
- 延原さん 「地域の特産物を活用すること」と「地域に仕事をつくること」にこだわりました。私たちの主力商品「ほうじ茶シロップ」は、三次市上田町の茶葉100%でできています。環境に負担をかけないとか体に優しいとか、自分の軸を大切にして、ここで栽培・製造した品質の高い商品をつくっています。委託製造も考えたのですが、地域に仕事をつくることが大切だと思っていたので、地元で生産できる仕組みを考えました。この地に魅力を感じて移住してきた人が、自分の強みを生かして、この地の宝を掘り起こして特産品を誕生させるというストーリーを大事にしたいのです。また持続可能な事業にするために、付加価値を付けた正当な価格など、たくさん勉強し考えました。それはこれまでの自分の価値観にはないチャレンジでもありましたね。
行動することでご縁が広がる
- 記者 創業で経験したつまずきや失敗、その克服法を教えてください。
- 延原さん 私は、それまで社会福祉士として社会福祉法人に勤務していました。そのため、自分で商品を生み出すことや、創業してビジネスをスタートさせることに関する知識や経験は全くありませんでした。商品を開発するには、どのような制度を学び、どのような許可を取得する必要があるのか。また、どれくらいの利益が出れば持続可能な事業として成り立つのか。ゼロからのスタートは、想像以上に大変な道のりでした。しかし、自分で何かを生み出す楽しさを知り、同じように地域の課題をビジネスで解決したいと考える仲間と出会い、そして「自分は何のためにこれをやるのか」という明確なビジョンがあるからこそ、続けられているのだと思います。
- 記者 先輩創業者としてアドバイスをお願いします。
- 延原さん 「行動する」ことを大切にしています。この地域で自分の強みを生かして仕事をつくり、結果的に里山や美しい風土・文化、伝統的な技術を次世代につなげたいと思っていますので、それに当てはまることは全て行動してきました。とにかくチャレンジすることが大切だと感じています。行動していれば、不思議とまた新たなご縁が生まれます。そうやってご縁がどんどん広がっていくのはうれしいですね。
思いを事業に育て、美しい里山を守っていく
- 記者 創業のやりがいや魅力は?
- 延原さん ゼロからつくることですかね?! さまざまな事例を参考にしながらもここでしかできないこと、私にしかできないことを試行錯誤しながらつくる楽しみがあります。そしていろいろな人が助けてくれたり、「関われることが楽しい」と言ってくださったりと、身近な方が喜んでくれる場所をつくれることもやりがいですね。貞野さんは、先代から受け継いできた茶畑や製茶業がつながっていくことをうれしいと言ってくださり、私も本当にうれしいです。お客さまから「おいしい」という言葉をいただいた時はもちろん、体験事業でお客さまと一緒に茶葉を収穫し、お茶に加工して飲まれた表情を見た時も、やっていて良かった瞬間です。
- 記者 今後の目標を教えてください
- 延原さん 2月から新商品を売り出しました。ほうじ茶・はぶ草茶・煎茶のティーバッグと、広島県瀬戸田産のエコレモンとほうじ茶を組み合わせたほうじ茶レモンシロップです。ほうじ茶レモンシロップは、広島の里海と里山を1本で楽しめるというコンセプトでつくりました。広島県の各地、がんばっている場所とつながり、相乗効果が起こせる商品に成長させたいです。
貞野さんの茶畑には樹齢50年以上の木があり、まろやかでその土地にあった味が出ています。農薬を使用せず、肥料も段階的に有機肥料に切り替えて、環境にも体にも優しいお茶本来の味を楽しんでいただきたいですね。ロゴやパッケージもリニューアルして、私たちの思いが届くようにしました。これらの商品が定番となって、取り扱ってくださっている店舗さまでも、公式オンラインショップでも売れるようになることが当面の目標です。そのために、販売網やホームページを整えていこうと思っています。商品が安定的に売れて知名度が高くなることで、上田町に実際に足を運んで体験をしていただき、その体験が商品購入にもつながる。そんなコンテンツも固めていきたいですね。今はまだ大きなことは言えませんが、持続可能な事業になってしっかり利益を生むことが、この地域の美しい里山を守ることにつながればと。この地で良い循環をつくっていきたいのです。
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