独自の視点で読み解く

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独自の視点で読み解く⑮

「起業家・北村拓也」

北村拓也さん

起業家・北村拓也さんは、大学生時代に先輩の入江さんと共に創業した広島初の本格的なプログラミング学習を提供するスクール「TechChance!」を全国に20店舗以上展開。多くの子どもたちがプログラミングを体験し、新たな可能性を広げられる場を提供しています。一方で、大きな成功の裏には逆境と失敗があり、中学校の頃には不登校、東京での新事業開発の際には3,500万円の借金を経験されたそうです。北村さんがどのように逆境を乗り越えたのか、その経緯、将来の展望についてお話を伺いました。

北村 拓也 博士(工学)
株式会社テックチャンス 共同創業者・取締役
広島大学学術社会連携室 スタートアップ推進部門 特任助教
1992年生まれ。福島県出身。8歳の頃に広島県に移住。広島大学に入学後、大学3年次に学習アプリ開発会社を設立。プログラミングで「U-22プログラミングコンテスト」コンピュータソフトウェア協会会長賞、「Challenge IoT Award」総務大臣賞、「CVG全国大会」経済産業大臣賞、「人工知能学会研究会」優秀賞など、40以上の賞を受賞。大学院時代、子ども向けプログラミングスクール「TechChance!」を運営する株式会社テックチャンスを創業。大学院卒業後、2019年に学習アプリ開発会社を売却。現在は、「TechChance!」の拡大と、Web3を用いた教育プラットフォームの開発等にも挑戦中。
大学院生時に、広島大学学長特任補佐に任命され、停滞していた起業部を再始動。現在は広島大学特任助教として起業部を担当し、起業を志す学生の指導を行っている。

【著書】
「いつも時間がない人」のためのタスク管理の結論(総合法令出版)
知識ゼロからのプログラミング学習術(秀和システム)
知識ゼロからの生成AIを活用した不労所得マシンの作り方(秀和システム)
他、電子書籍も含め10冊以上を執筆。

不登校から始まった教育への問いかけ

  • 記者 北村さんは、子ども向けプログラミングスクール「TechChance!」の運営等、教育に関係する事業に携わっていらっしゃいますが、それらが生まれたきっかけを教えていただけますか?
  • 北村さん まず、僕が教育に課題感を持ったのは、中学生の頃にゲームにハマって不登校になったことが関係しています。中学校は中高一貫の進学校だったため、勉強しないやつは価値がないという風潮がありました。「あいつは落ちこぼれだ」と教師から嫌われて、ひどいことも言われました。模試も僕だけ申し込みさせてくれないとかもあったんですよ。
  • 記者 思春期には、とてもつらい経験ですよね。
  • 北村さん そうですね。それもあって既存の教育自体に課題を感じていました。僕みたいに社会不適合な人間が、教育の現場では結構はじかれていると実感しました。なので、全部を満遍なく育てるのではなく、強みをとことん伸ばす教育があったらいいなと思っていました。
  • 記者 なるほど。その強みが、北村さんにとってはプログラミングだったのですね。
  • 北村さん そうです。僕は大学時代にプログラミングに出会いました。それまでゲームはしていても、その背景を想像したことはありませんでしたが、ゲームがプログラムをもとに作られていることを知って、すごく感動しました。プログラミングへの可能性を感じたのと同時に、周りと違う自分自身の表現の場になりましたね。
  • 記者 それらが「TechChance!」につながるのですね。
  • 北村さん はい。日本の教育現場では、個性や強みを伸ばすよりも、平均的な成果を求める傾向がありますが、「TechChance!」では、ものづくりの楽しさやプログラミングの実践的な成長、子どもたちが自分の強みを見つける場としての教育を行っています。

起業のきっかけとなった120万円の請求書

  • 記者 ちなみに「TechChance!」が最初の起業ですか?
  • 北村さん それが違うんです。大学生になった時、大学という場が僕には合わなくて、辞めたいと思っていました。それで辞めて何をしようかと思った時に、趣味が小説を書くことだったので、小説家を目指してコンテストに応募していました。
  • 記者 そうだったんですね!全然想像と違いました。
  • 北村さん ただ、ほぼ落選で……。そんな時、ある出版社から「あなたの本、出版してあげますよ」と連絡が来まして。「これで小説家になれる!」と喜んでいたら、120万円の請求書が届いたんです。「出版ってこういうものなのかな?」とかなり困惑しましたが、調べると、それは自費出版という形の出版方法で、そういった勧誘でのトラブルなどの情報もあって……。
  • 記者 それは大学生の北村さんからすると衝撃ですよね。
  • 北村さん そうなんです。その経験が悔しくて、その頃、普及しはじめた電子書籍を活用して、商業出版が難しい作家でも無料で出版できる仕組みを作ろうと思い立ちました。当時あった学生向けのビジネスプランコンテストに応募して、その資金で大学3年生のときに立ち上げた出版社が最初の起業です。
  • 記者 最初のモチベーションは、悔しさからだったんですね。
  • 北村さん 経営者になろうという明確な志があったわけではありません。ただ、当時の僕は、ビジネスにおいて「収益が正義」であるという基本を理解できていませんでした。顧客が求めるニーズに応える製品を作るという発想が欠けていたのです。
    その結果、出版社事業から撤退し、自分に何が提供できるのかを深く考え直しました。そして、新たに学習アプリの開発会社を立ち上げたのです。その会社で開発したアプリが全国ランキングで4位にランクインしました。当時のランキング上位は、社員数千人規模の大企業ばかり。そんな中、大学生一人で作ったアプリが大企業と肩を並べたことに大きな感動を覚えました。
  • 記者 人材も資金力も大きく違う中で、すごい成果ですね!
  • 北村さん この経験を通じて、プログラミングが自己実現のための最強の武器であると確信しました。そして、この武器をより多くの人に手渡したいと思い、これが『TechChance!』の創業につながったのです。なお、学習アプリ開発会社は、東京の教育関連企業にご縁があり、事業譲渡させていただきました。

3,500万円の借金という逆境から生まれた考え方

  • 記者 起業家としては、大きな決断があると思いますが、何を大切にしていますか?
  • 北村さん 実はけっこう感覚です。取りあえず何とかなるという精神ですね。後でリカバリーできるので。ただ、最悪な状況を想定するようにはしています。
  • 記者 今までの最悪な状況は何でしょうか?
  • 北村さん やはり、借金を抱えた経験が大きな転機でした。東京で新事業に挑戦するために資金を借りましたが、計画通りにいかず、気付けば3,500万円もの借金を抱えていました。当時は、早朝に新聞配達をしながら、昼間はフルタイムで働くという厳しい生活を送っていました。
  • 記者 3,500万円! なかなか想像できないです。
  • 北村さん ですよね。僕もそれまで小説とかフィクションの世界で借金まみれの男が出てきても、全然臨場感はありませんでしたが、とても分かるようになりました。テレビで「借金」という文字を見るたびに心臓がドクドクして「オレだ!」と思うんです。
  • 記者 その感覚はあまり経験したくないですね……。どうやってメンタルを保っていたのですか?
  • 北村さん 筋トレですね! 本に出てくる成功者はみな体力づくり(筋トレ)を当たり前のようにしていて、真似したことがきっかけです。筋トレする前はすごくメンタルが落ちていても、筋トレをすると不思議と元気になるんです。毎日筋トレして体重は健康的に減っていったんですが、友人に「減らすものが違うよ」って言われました(笑)。
  • 記者 痛いところを突かれましたね(笑)。ちなみにどうやって返済されたのですか?
  • 北村さん 厳密には返済しておらず、交渉により解決しました。そんな最悪な状況を経験できたからこそ、大抵のことは「なんとかなるさ」と思えますね。間違った決断をしても、回復する力があれば乗り越えられます。だからこそ、失敗を恐れずに挑戦し続けることが大切だと思っています。

情熱が困難な道を切り拓く

  • 記者 今、挑戦されていることや力を入れていることはありますか?
  • 北村さん いくつかありますね。Web3技術を活用した教育プラットフォームの開発はその一つです。簡単にいうと教育プラットフォーム内で、学習の成果が高くなるほど学習者に報酬が支払われるという仕組みを考えています。
  • 記者 学ぶことで報酬が得られる仕組みですか。
  • 北村さん そうです。Web3ではトークンを最初に割り当てることが多いのですが、その一部を財団という形で切り離して、プラットフォームに貢献した方へ報酬を渡せるような仕組みをつくりたいと思っています。

    ※Web3:従来のインターネット(Web2)は、中央集権的な企業やプラットフォームがデータやサービスを管理していますが、Web3ではブロックチェーン技術などを活用することで、分散型のネットワークを構築します。
    ※トークン:ブロックチェーン上に存在し、通貨のような役割を果たし、特定のサービスや権利を提供するものとして機能します。
  • 記者 教育への課題感と最新技術への知見がある、北村さんならではの事業ですね。北村さんは新事業へ取り組まれる傍ら、広島大学の起業部(起業を志す学生の部活)の担当教員というお立場もありますよね。学生が起業する際に直面する課題は何でしょうか?
  • 北村さん 僕自身が学生時代に起業した際、最も大きな課題は「ビジネスの知識が全くなかった」ことです。「株式会社とは何か」「会社設立に必要な手続きは何か」「資金調達の意義とは何か」といった基本的な知識が完全に不足していました。
    また、「ビジネスとしてお金を稼ぐ」とは具体的にどういうことなのか、その本質を理解していなかったのです。このような状態でビジネスプランコンテストに参加しても、そこで評価されるプランが実際に機能することはほとんどありませんでした。
  • 記者 北村さんは学生時代、そこに気付いてはいたんですか? それとも見えていない状態だったのでしょうか?
  • 北村さん 見えていませんでしたね。見えていないものに対して課題感を持つのはとても難しいので、必要な知識を、学生が取り組みやすい形で提供することが必要です。今は、学生が集まるオンラインコミュニティーがあって、記事や動画の形で知識を共有していますが、将来的に大学のプログラムとしてあればいいなと思います。
  • 記者 ありがとうございます。最後に学生だけでなく、これから起業される方に「これだけは伝えたい」エッセンスみたいなものがあればぜひ教えてください。
  • 北村さん 「自分の情熱を大切にする」ことが何よりも重要だと感じています。僕自身、その大切さを軽視して失敗した経験があります。たとえば、「自分が課題だと感じているから解決したい」という純粋な動機ではなく、「これが今のトレンドだから、やれば儲かるのでは?」という安易な考えで取り組んだこともありました。しかし、こうした後者のアプローチは、ほとんどうまくいきませんでした。
    その理由は、自分自身が「これを作りたい」という情熱を持っていなかったからです。情熱が不足していると、クオリティが下がり、完成させるモチベーションも続かなくなります。実際、「もういいか、やめよう」と途中で諦めてしまう結果に至ったこともあります。
    起業すると、何度も困難に直面します。その際に情熱がなければ、うまくいかないときに立ち直る力を失い、途中で諦めてしまうことが多いのです。これは決してその人の能力不足ではなく、そもそも情熱が欠けた状態で起業してしまったことが根本的な原因です。
    だからこそ、皆さんにも「自分の情熱を大切にする」ことをお伝えしたいと思います。



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