独自の視点で読み解く⑭
「後藤鉱泉所」
尾道駅から東へ700mの土堂桟橋から船で渡って「向島」に着き、少し歩くと路地の一角に見えてくるのが、レトロな雰囲気の「後藤鉱泉所」。昭和5年の創業当時から変わらないスタイルでラムネやサイダーなどの清涼飲料水を製造し続けている老舗飲料工場です。1本1本手作りで製造されていて、現地のお店でしか味わえないサイダーは「幻のサイダー」と呼ばれています。地元の人だけでなく、全国からの観光客や、しまなみ海道をサイクリングする旅人が喉を潤す名物立ち寄りスポットとしても有名です。
店主は森本繁郎さん(47歳)。これまで親子3代に渡って受け継がれてきた「後藤鉱泉所」を2021年4月に事業承継し、4代目に就任しました。19年勤めてきた市役所を退職し、バトンを引き継いだ森本さんは、伝統の味を守りながら、地元の良さを生かした新商品の開発などに尽力しています。
なぜ森本さんは後継者となったのか。その経緯や将来の展望について、広島ローカルタレントとして活躍中の中島尚樹・井上恵津子夫妻がインタビュー。実際に工場を見学して製造過程を学び、よく冷えたラムネを飲みながら、お話を伺いました。
後藤鉱泉所 四代目代表 森本 繁郎さん
1977年生まれ。2021年3月に竹原市役所を退職し、同年4月に事業承継により後藤鉱泉所の代表となる。先代の味を大切にしつつ、「怪獣レモンサイダー」などヒット商品も続々と開発。他業種との協業も積極的に行い、各種メディアに多く取り上げられている。創業100年を目前にした老舗を地域の魅力の一つとして育てている。
ユニークな商品やレトロな機器などお店の様子は、動画でもご覧いただけます。
創業当時の作り方をそのまま受け継ぐ、
こだわりの味とレトロな雰囲気が人気!
- 中島さん お店もレトロですが、工場にもたくさんのレトロ感が詰まっていますね。まず、工場を見学させてください。
- 井上さん うわ、かわいいですね、ラムネの機械。どうやってラムネをつくるのですか?
- 森本さん 最初に、空の瓶を逆さにセットします。時計回りに瓶が下に降りていくと、ビー玉もコロンと瓶の中に落ちていきます。この時に、シロップと炭酸水を入れ混ぜます。そして瓶が上がると、今度はビー玉が飲み口に落ちて栓となり、炭酸ガスの圧力でそのまま固定されるのです。
- 中島さん なるほど。それなら、炭酸だったら何を入れてもいいという話ですね。ビールでもいいのですか?
- 森本さん 理論的にはビールでもできますね。ただ、ビールはどこまで炭酸が強いか分からないので、ビー玉で栓ができるかどうかは分かりませんが。
- 中島さん すごく不思議に思っていたことが解決しました。この機械は半自動で手作業も多いのですが、いつごろ製造されたものですか?
- 森本さん 昭和20年代、戦後すぐの頃と聞いています。
- 井上さん すごい。昔からの作り方を変えずに、そのまま作り続けていらっしゃるのですか?
- 森本さん そうですね。作り方も中身も外見も変えずに。
- 井上さん 「幻のサイダー」と言われていますよね。島でしか飲めないって。
- 森本さん このガラス瓶がもう手に入らないので、ここで召し上がっていただいて、瓶の返却をお願いしています。それが呼び名の理由ですね。
- 中島さん きれいな色ですね。あっ、三ツ矢サイダーって刻印が見えます。なぜですか?
- 森本さん 50年ぐらい前の三ツ矢サイダーさんの瓶を再利用しています。三ツ矢サイダーさんが瓶のデザインを変更した際に、古い瓶がたくさん出てきました。それを「もったいないから」という理由で、うちのような小規模の清涼飲料水製造所へ譲っていただきました。ブランドイメージを重視する現代では考えられませんが、その当時は許されたのですね。今でもその瓶を大切に使っています。
- 中島さん そうだったんですね。それにしても今日は暑いですね。ちょっとボーっとしてきた。
- 井上さん ラムネ、いただきましょうよ。
- 森本さん キンキンに冷えたラムネをどうぞ。
- 中島さん ありがとうございます。昔、栓を抜く時、どれだけこぼれないように飲むかを競っていました。懐かしい。
- 中島さん・井上さん 乾杯!
- 中島さん めっちゃおいしい。炭酸が強い感じがします。このシュワッと感がいいですね。
- 井上さん スッキリした甘さも感じます。レトロな瓶で飲むのが何よりうれしい!
- 中島さん 何だろう、涙が出てきた。生きている感じがします。
「後継者問題」に一石を投じたいと
公務員から事業承継の道へ!
- 中島さん 後藤鉱泉所は昭和5年創業で、4代目でいらっしゃいますが、どのような経緯で事業を引き継がれたのでしょうか?
- 森本さん 私はもともと竹原市役所に勤めていて、40歳を過ぎたころから次のステップを考えはじめました。人生100年時代といわれる中で、60歳や65歳で定年を迎えた後も、仕事をすることで、社会に貢献し続けたい思いがあったからです。公務員時代に、高齢化した経営者が後継者がいないから廃業するという問題も目の当たりにしてきました。都会だとすぐに新しい担い手が見つかって循環しますが、田舎だとそうはいきません。それを救えないのか? 私が一石を投じることはできないかとずっと考えていました。
- 井上さん 何がきっかけで後藤鉱泉所とつながったのですか?
- 森本さん マッチングサイトです。
- 井上さん マッチングサイト? どんなサイトですか?
- 森本さん 後継者を募集している会社と、事業を継ぎたいと思っている人をつなぐサイトです。縁もゆかりもない人が継ぐときに利用するものです。後藤鉱泉所もこのサイトで知り、興味を持ちました。
- 中島さん その後、どのようにして事業承継が決まったのですか?
- 森本さん あいさつから始まり、面談したり、作り方を見学に行ったり、財務状況を確認したり、半年ほど話し合いを重ねました。
- 井上さん 森本さんがここでやりたいと思われたポイントはどこですか?
- 森本さん 後藤鉱泉所はメディアにたくさん取り上げられていて、知名度が高いのに、後継者がいないことにまず驚きました。これだけ愛されているのになくなったら、町全体が沈んでしまう感じがして、なんとか残したいとの思いが強くなりました。
- 中島さん 事業承継ならではの良さもありますよね。
- 森本さん この知名度と看板をそのまま引き継げるのは大きいですね。ゼロから立ち上げなくてもいいのですから。
「昭和を体験してもらう施設」を目指し、
夫婦で笑顔を絶やさず、歩み続ける。
- 井上さん 実際にやってみて難しいことはありますか?
- 森本さん 事業承継にお金をかけたので、設備投資が難しい状況で、今、試行錯誤しています。機械自体は減価償却が終わっていますが、設備は古いですね。
- 井上さん お金をかけてでも修理しなければいけないから、その点は大変ですね。
- 森本さん うちの売りとして、あの機械だからこそ出せる味があると思います。
- 中島さん 感じました! あのシュワっと感は他にはないです。物語を知るとよりおいしく感じますもんね。何も知らない人たちはちょっと割高と思ったり、観光地価格と感じたりするかもしれないけど、あれだけの歴史ある機械でこれだけ丁寧につくっている。だから、歴史も一緒に飲んでいると、もっとアピールできたらいいと思います。
- 森本さん 私も勝負できる手だては「昭和の歴史」しかないと考えています。清涼飲料水を作っていますが、実は「昭和を体験してもらう施設」。だから、瓶にもこだわらないといけないし、昔ながらの製法、レトロな雰囲気も大切にしなければいけないと思っています。
- 井上さん お店に入った瞬間から、その空気感、味わいましたよ!
- 中島さん そういう雰囲気が好きで来る人も多いでしょう。
- 井上さん 今は、夫婦二人三脚で事業に取り組んでいるそうですね。私は妻の立場として気になるのですが、繁郎さんが事業承継を言い出されたとき、法子さんはどう思いましたか?
- 法子さん やりたいことがあるなら、それでいいんじゃない?って感じでした。
- 井上さん ポンと背中を押されたのですね。
- 森本さん 反対されたらやっていないと思います。徐々に忙しくなって、妻にも手伝ってもらうようになりました。今は2人ともすごく笑顔ですよ。
- 中島さん なるほど、この仕事が合っているんですね。
- 法子さん 重いものを持たないといけないなど、体力的にきついこともありますが、疲れるほど心地いいです。浮き沈みも大きいですが、自分たちでバランスを取ればいい話ですよね。
ユニークな商品も次々と開発
成功するまでやめなければ失敗ではない。
伝統を継承していく仕組みづくりが大切。
- 中島さん 今後、創業にチャレンジする人にアドバイスをお願いします。
- 森本さん まだ、うちが成功しているとは思わないのですが、人生一度きりですから、なるべく早いうちに、一度はチャレンジしてもいいかと思います。成功し続けるまでやめなければ失敗にはならない!
- 中島さん めちゃくちゃカッコいい。やめなければ失敗にならないというのは素晴らしい。
- 森本さん 事業をどう生かすか、自分の采配にかかっています。仕事を人のせいにできず、数字に表れます。言い換えると自分でなんでもできる。そこが一番面白いところじゃないかと思います。
- 井上さん 受け身ではなく、攻めの姿勢ですか。森本さん、勝負師の目をされていますね。では、将来のビジョンを教えてもらっていいですか?
- 森本さん この伝統のある店をなくさないようにすることがスタートなので、その仕組みをどうつくっていくか。5代目、6代目とずっと続いていく仕組みづくりが私の使命だと思っています。
- 中島さん 個々の商品など、具体的な目標はありますか?
- 森本さん この店に後継者がいなかった理由の一つとして、売り上げの低さがあります。こんなにお客さんが来てくれるのに、これだけしかないんだ、これでは後継者がいなくなるよねという状態でした。そこで客単価を上げるために、新商品を増やしてきました。「地元の良さが伝わる商品」をコンセプトに、眠っているおいしいものや素材を、うちの商品を通じて広められたらいいなと思って、トマトやレモン、しょうがなどいろいろなコラボ商品をつくっています。
- 井上さん おいしい新商品ができた頃に、また来させていただきましょう。
- 中島さん 今日はありがとうございました。私たちも応援しています!
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