独自の視点で読み解く

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独自の視点で読み解く⑪

「VARIED」

 「ジビエレザーを日本中そして世界へ」をモットーに、純国産ジビエレザーの卸売り・小売業を営まれているVARIED(バリード)の代表 長谷川貴大さんにお話を伺います。ジビエレザーのもとは鹿やイノシシが中心ですが、丹念になめされたその革は柔らかく滑らかな風合いとなり、特に鹿革は「レザーのカシミア」とも呼ばれています。

長谷川貴大さん

 長谷川さんは普段、東広島市豊栄をベースに、狩猟と原皮の手配に動き回っています。月に1度、上質な革をつくる上で欠かせないパートナーであるタンナー(皮をなめし革にする製革業者)へ原皮を預けに行くということで、今回はその製造工程やジビエレザーの魅力についても一緒にお届けいたします。

ジビエレザー

VARIED 代表 長谷川 貴大さん

 空港職員として勤務する傍ら、余暇の時間を使って猟銃免許を取得。その資格を生かせる仕事がないかと、「東広島 仕事 鉄砲」といったキーワードでネット検索したところ「東広島ジビエセンター」がヒットし、即転職。
 「止め刺し」技術で名をはせる和泉川氏に師事しながら、狩猟や食肉加工に2年半ほど従事する中で、「大切な命を無駄にしたくない。捨てられている皮も生かして、少しでも猟師の待遇を改善したい」との思いが募り、個人事業主として独立しVARIEDを創業。

長谷川貴大さん
東広島ジビエセンター
東広島ジビエセンター
東広島ジビエセンター
 

お宝にしか見えない広島の森

VARIEDの事務所
猟犬と長谷川さん

 「犬が飛び掛かるので注意してくださいね」
 そう声をかけていただいたのは長谷川さん。狩猟の“相棒”が庭先につながれた古民家が、VARIEDの事務所で、広島県の“へそ”と呼ばれる東広島市豊栄にあります。冷凍庫にはビニール袋に詰められたジビエの「原皮」が保管されていました。事務所に一歩入ると、うわっ、熊革の敷物が。売り物ではないがゆえ、ジビエレザーのリアルさが伝わってきて、足で踏むのもはばかられます。
 長谷川さんのビジネスは、ジビエレザーの元となる「原皮」の確保(自ら狩猟し、東広島ジビエセンターに出荷するものも含む)と、なめし加工したジビエレザーの販売です。広島県は北海道に次ぐ狩猟数を誇るそうで、11月~2月が猟期です。この辺りで捕れる鹿やイノシシはもちろんですが、北海道の熊や、珍しいものではあざらしも! 革製品の部材として切り出す前は、まだ生きていた頃の姿が見え隠れしており、首や心臓の位置をお聞きすると持ち手が震える気がしました。

アナグマの毛皮を持つ長谷川さん
アナグマの毛皮

 レザーを手に取りながらそれらの特徴をお聞きしている中で、レザーの本場・イタリアに話が及ぶと、そこには意外な事実がありました。
 「イギリスに留学していた頃、ヨーロッパを歩いて旅したことがあります。ヨーロッパは産業革命の時代、木材を大量に伐採したことで森を失い、野生動物も減少しました。また夏は暑く冬は寒い、地中海の気候も畜産には不向きです。この豊かな自然が残る広島の山はお宝にしか見えません!」
 日本では、深刻な農作物被害が社会問題になるほど増えているジビエですが、その動物の種類や肉付きは地域によって大きく異なるそうです。原生林(広葉樹)が残る東広島の森は、ドングリなどジビエの餌が豊富で、イノシシだけでなく鹿も多く生息。よく太って脂の乗った個体に育っています。東広島の山々はとても恵み豊かと、長谷川さんは話します。

 原皮が確保できたら、次に向かうのは兵庫県です。豊岡鞄やランドセルで有名なセイバンなど、全国にその名を知られる革製品が多いですね。実は兵庫を流れる川には、脱毛を手助けするバクテリアが多く含まれていたり、塩の産地(そうです、赤穂の塩です!)があったりと、「皮」を「革」にする「なめし」(鞣し/革を柔らかくする)が栄える好条件がそろっていました。

The タンナー。
素材からブランドをつくる「丸太産業」

 「こちらでお願いすると、本当に柔らかいレザーに仕上がります」と語る長谷川さん。伺ったのは豊栄から車で3時間ほど、兵庫県たつの市にある丸太産業です。冷凍状態で車の荷台に山積みされたジビエの原皮が、次々に引き渡されます。

ジビエの原皮の引き渡し

 丸太産業の2代目で、代表の村上博一さんが工場をご案内くださいました。革づくりの工程は、洗浄・なめし(防腐)・染色・革もみ・着色など、細かな作業を含めると20以上もの工程になります。

「丸太産業」工場内
「丸太産業」工場内
「丸太産業」工場内

 「柔らかさの秘訣は、全ての作業を丁寧に行うことに尽きます」
 なるほど。最初に汚れを落とす水洗いの水質でも、仕上がりの固さが異なるとのこと。皮の種類や捕れた時期、雌雄の区別などを丹念に観察しながら、丁寧な作業が繰り返されます。また防腐や耐久性を高めるため重要な「なめし」工程では、牛革でよく使われるクロムではなく、昔ながらのタンニンが使われています。風合いが出しやすいタンニンは、ジビエレザーを求める方からの需要が高いそうです。革づくりをされている方々が、「タンナー」と呼ばれるゆえんでもあります。
 工場に併設された展示室には、仕上がった革の見本が展示されていました。カラーバリエーションも豊富で、表面の模様もドットや波、ワニ柄など、さまざまな工夫が施されています。ふと取材スタッフの1人が「これは豊岡で購入したものなのですが」と筆箱を差し出すと、「これはうちの革ではありませんね」と苦笑いの村上さん。革の仕上がりを見るだけで、自分たちが手掛けた素材かどうか瞬時に判別できるとは驚きです。

革の見本
革の見本

 「昔はほぼ全てを卸しに任せていましたが、最近ではこだわりの強いお客さんとの直接取引も増えてきています」
 デザインばかりではなく、その素材もブランドの一部として、ものづくりの魅力を多くの人に知っていただきたいですね。

丸太産業 代表の村上博一さんと長谷川さん

創業111年。歴史を紡ぎ果敢に挑戦する「オールマイティ」

 創業111年という歴史あるタンナーが、姫路市にある株式会社オールマイティ。4代目の水瀬隆行さんと、5代目水瀬大輝さんにお話をお伺いしました。
 会社がある姫路市高木地区は、なめしに適していた市川が流れ、ピーク時には300社にのぼる皮革製品の関連会社がひしめいていました。大小多くの製造工程からなる革づくりは、全てを自社で完結することは少なく、仕掛品を工場間でやり取りし、協力して仕上げていきます。ただ、今では最盛期の10分の1ほどに減ってしまったそうです。

株式会社オールマイティ内
株式会社オールマイティ内
株式会社オールマイティ内
株式会社オールマイティ内

 また「命を無駄なく循環させる」にこだわる同社は、仕入れの際に原皮以外の部位も適切に扱われているかを大切にしており、革にまつわる誤解や優れた特長の啓発活動にも取り組んでいます。
 そんな同社には、タンニンなめしの優れた技術力を頼りに、有名デザイナーからの注文が多く寄せられるそうです。
 「芸能人やアーティストの方が、自分たちが手掛けた革製品を身に着けている姿を見ると、やはりうれしいですね」と大輝さんはほほ笑みます。(誰か気になります? 誰もが知っている某ミュージシャンのお名前も!)
 さらに次世代のデザイナーにジビエレザーを試してもらいたいと、通常はある程度ロッドが必要な原皮の加工を1枚から請け負っています。若手に向けた手厚いサポートもありがたいですね。

「オールマイティ」で加工されたレザー

 隆行さんは珍しい動物の皮も積極的に研究していますが、ジビエレザーの良さを引き出すには、時に3年間ほどの試行錯誤が必要だそうです。
 「こんなものも作ってみました。さすがに大変でしたが、やっとここまできました」と見せてくださったのは、大きな段ボールに入った「亀」や「魚」「ダチョウ」など。世の中のニーズをくみ取り、新しい提案を続けるその姿勢に、ジビエレザーの可能性が広がりそうでます。

「オールマイティ」で加工されたレザー
「オールマイティ」で加工されたレザー

成功を支える「行動力」と信頼を得る「誠実さ」

 長谷川さんの魅力は、何といってもその行動力にありそうです。タンナーとの打ち合わせ中も、出来上がったレザーの仕上がりを確認すると、その場でSNSに画像を投稿する手際の良さ! 「あっ、もう買い手が付きました」とさらっとおっしゃる行動力に驚きです。
 今ではSNSでも信頼できる取引が成立していますが、当初は色合いや質感など細かな点が画像では伝わらず、品質をどう伝えるのかに苦労。しかし、良し悪しを含めた正直な情報をしっかりと伝え、お客さんの求めているものと違えば絶対に勧めないといった誠実な取引を積み重ねたとのこと。「長谷川さんに任せていれば大丈夫」という信頼を少しずつ獲得されたそうです。
 そんな長谷川さんに、これから創業する方へのアドバイスを伺うと「素直さや謙虚さです」と即答されました。ジビエレザーという知らない世界に挑戦するに当たり、常識にとらわれない姿勢も重要ですが、歴史を紡ぐたくさんの方々から頂くアドバイスに大いに助けられたそうです。
 「いやぁ、人の言うことを聞くって大切です!」と苦笑いされていましたが、次の瞬間には「ちなみに〇〇に通じている方をご存じないですか?」との質問。脱帽の行動力です。

レザーと長谷川さん

Editorial Note>>>

 今回の取材では、長谷川さんとタンナーとの信頼関係が、ワクワクするようなジビエレザーづくりにつながっていることを感じることができました。新しい分野への挑戦やSNSの活用など、イマドキな手法にも通じた長谷川さんですが、その根底には、本来ある土地の資源の活用やコミュニケーションの大切さがあると気付かせていただきました。(取材/本田直美)

本取材は令和6年1月頃に行いましたが、長谷川さんは現在、腰痛の悪化により、活動拠点を兵庫県へと移されています。




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