独自の視点で読み解く

独自の視点で読み解く

独自の視点で読み解く②

瀬戸内の小さな島を舞台に、独自のアイデアで暮らしを彩る若者たちがいます。大崎下島・久比地区で、新しい試みにトライする「一般社団法人 まめな」の仲間たちです。以前紹介した訪問看護事業の「Nurse&Craft」に続いて、今回はまめな食堂を取材しました。

まめな食堂

「まめな食堂」

 「くらしを、自分たちの手に取り戻す」ことを理念に掲げて、大崎下島・久比地区でユニークな活動を展開しているのが「一般社団法人 まめな」です。中でも旧医院をリノベーションした「まめな食堂」は、島における「まめな」の大切な役割を果たしており、島民との絆を育むプロジェクトの主要な活動拠点となっています。
 ここではわずか500円でランチが提供されており、他にも朝食や夕食、さらにはおやつまで気軽に楽しめます。目を引くようなごちそうではなくとも、栄養バランスを考えたメニューはまさに家庭の味そのもの。食堂の運営を担っている佐々木さんは、運営の方針について次のように話してくれました。
 「一番悩んだのは、食堂のコンセプトでした。この場所で提供されるのは、派手な料理ではありません。ごく一般の家庭で日常的に食べられている、飽きない料理でなければならないと考えています。メニューは、コンセプトが定まるとおのずと決まります」

まめな食堂の店内
まめな食堂のメニュー

 そもそも久比地区は住民の70%が高齢者という超高齢化地区です。パートナーに先立たれてしまったお年寄りの中には、食べる気力が失われる、食べたくても満足な家事ができない、といった問題に直面されている方がいます。この問題をなんとか解決できないかと立ち上がったのが、「まめな食堂」です。プロジェクトを支えるスタッフの中には看護婦の方もいて、健康状態についても気軽に相談できる体制が整えられています。

久比地区
まめな食堂 パティシエ 佐々木 正旭さん

まめな食堂 パティシエ 佐々木 正旭さん

東広島市出身。大阪の専門学校を卒業後、大阪・広島で6年ほどパティシエを経験後、別の職種へ転職。その後、「自分のやりたいことを」と思い直し、お菓子のキッチンカーで開業を目指す中で、ある日「まめな」と出会った。

大崎下島で展開される
「まめなプロジェクト」とは?

 「まめな食堂」を語る際に欠かせないのが、母体である「まめなプロジェクト」の存在です。同プロジェクトでは、「くらしを、自分たちの手に取り戻す」というフレーズが合言葉です。これにはどのような思いが込められているのか、佐々木さんにプロジェクト誕生の背景を尋ねました。
 「まめなの発起人の一人、更科さんは、60歳を過ぎてこの島に移住されてきた方です。東京に住んでいたときは自宅で母親を介護され、94歳で看取られたそうです。その際、高齢者介護の課題に実体験として向き合ったことで、“介護のない世界”を実現するにはどうすればよいかと考えられたそうです。そんな折、知り合いの起業家を訪ねて瀬戸内海の離島に来たところ、畑仕事にいそしむ元気な高齢者と出会い、ここに学ぶべき暮らしがあると、大崎下島でまめなプロジェクトの立ち上げを決心されたそうです」
 間もなくして、プロジェクトに賛同する仲間が増え、「社団法人まめな」を設立。“まめな”とは、この地域の方言で“元気な”という意味です。人生100年時代の今、生涯現役を貫き、人生を美しく、楽しく謳歌しようという同プロジェクトにぴったりのネーミングです。まめなの事業領域には「相互扶助コミュニティの創出」「学育プロジェクト」「エルダーテックの実証実験」「持続可能な農業の実践」「人口の流動性の促進」などが挙げられており、続々と若い賛同者がプロジェクトに参加し、それぞれ自分ができる事業を模索しています。

まめな食堂

食堂の奥はコワーキングスペースになっている

まめなを通して見えてきた、
地域との自分らしい関わり方

 佐々木さんが大崎下島を訪れたのは、1年半ほど前のことだそうです。知り合いに「餅つきをするから、よかったらおいでよ」と声をかけられて、なんとなく「まめな」のイベントに参加したことが最初のきっかけでした。
 それまで佐々木さんは、大阪で製菓を学び、パティシエとして6年ほど活躍されていましたが、その後は違う業種で働かれていたそうです。その後、自分の好きなことで働きたいと考えていたところ、偶然「まめな」と出会い、更科さんから「食堂を運営してみないか」と声をかけられたそうです。
 「専門は製菓なので、料理のスペシャリストというわけではありません。しかし、ここで作る料理はあくまでも家庭料理。気楽な気持ちで取り組んでいます。最近では本業の製菓でもご注文がいただけるようになりました。今日もあるご家族のために、今からお父さんの誕生日ケーキを焼くんですよ」
 食堂の仕事の傍ら、訪問介護に同伴し、見守りを兼ねてスイーツを販売していたという佐々木さん。彼が島に来る前、記念日のケーキは島外のコンビニで調達するのが普通でした。ところが食堂や「まめな」のイベントを通して、佐々木さんのスイーツのおいしさが知れ渡ると、記念日にぴったりだと注文が入るようになりました。そこから自信を得た佐々木さんは、「この島でスイーツのお店を開こう」と考えるようになったそうです。
 「現在はオープンに向けて、いろいろと準備を行っている段階ですが、まめなと出会ったからこそ、やりたいことが形に成りました」と語ってくれました。

誕生日ケーキ作り
誕生日ケーキ作り

相互扶助の輪で育まれる
ふるさとの味、島の味

 まめな食堂にやってくるお客さまは、週に一度お友だちと一緒に来店される地域の方、まめなスタッフとのおしゃべりを目当てにやってくる方など、その利用方法はさまざまです。中には来るたびに、畑でとれた野菜や海で釣った魚を手土産に来店される方もいます。佐々木さんもありがたく受け取り、新鮮な土地の恵みを生かした料理がその日のメニューに加わることもあります。

まめな食堂の店内
まめな食堂の店内

 「この島では相互扶助の考えが自然と根付いています。島ならではの循環経済が形作られています」
そう語る佐々木さんも新しいお店では、島の特産物・かんきつを用いたスイーツを考えられているそうです。特に、形がいびつ、大きさが規格外といった理由で、廃棄処分になるものを利用するつもりとのこと。この島に通うようになって、味の良いかんきつがたくさん道端に捨てられていることに驚かれたそうです。
 「形や大きさがそろっていなくても全く問題はありません。本来捨てられる予定だったかんきつで、新しい“島の味”が作れると期待しています」
 かつては島の豊かさの象徴でもあったかんきつたち。今も瀬戸内海に面した農園では、のんびりとした環境でたっぷりと日光を浴びて、おいしいかんきつがたくさん実っています。土地の恵みを余すことなく生かしたふるさとの味が、もう一度この島に豊かな暮らしを届けてくれると佐々木さんは信じています。

島外の人にも知ってほしい
商品の背景にある、島の物語

 お店を始める際、難問として立ちはだかるのが、家賃や人件費です。しかしこの島では、まめなを介して佐々木さんの活動を手伝ってくれる人がいて、空き物件に悩む人から「建物を役立ててほしい」といった申し出も少なくないそうです。「まめな食堂」の建物も元は病院で、寄贈されたものを改修しています。佐々木さんは、海辺にある使われていない建物を借りて、事業を志す仲間とシェアしようと考えているそうです。
 また、商品を島内だけで消費するには限界があるため、島外の方にオンラインでの販売を考えていらっしゃるそうです。その際に重視するのは商品の背景にある「物語」です。瀬戸内海の水面にきらめく光や、穏やかな潮風をいっぱいに浴びる恵まれた自然環境、捨てるはずだった不ぞろいのかんきつに込めた思いなど、この島での物語をどう伝えるか、いろいろと頭を悩ませているそうです。
 「幸い、まめなの仲間には島の様子を写し取るフォトグラファーがいて、一緒に物語を紡いでくる仲間たちもいます。僕らなりの魅力的な表現で、島の物語をより多くの方に伝えていきたいと思います」と、これからの活動に期待を込めて語る佐々木さん。
 小さな島から始まる新しい暮らし。その“豊かさ”に魅せられて、佐々木さんをはじめとする多くの若者たちが集い、今日も賑やかな声が響きます。

佐々木 正旭さん

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